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政治評論家  早坂茂三 さん死去

2004年(平成16年)6月20日 死去 享年73歳

早坂茂三写真  

政治評論家  早坂茂三 さん死去

故田中角栄元首相の秘書を務めた 早坂 茂三(はやさか しげぞう)さんが2004年(平成16年)6月20日午後、肺がんのため東京都内の病院で死去した。73歳だった。

1962年(昭和37年)、田中角栄蔵相時代に大臣秘書官を務め、その後、20数年にわたり田中角栄の政務担当の秘書として活躍した。田中元首相の秘話などを紹介した「オヤジとわたし」「政治家田中角栄」など多数の著書がある。葬儀は、遺言によりしめやかに行なわれた。

人物 / 略歴

早坂 茂三(はやさか しげぞう、1930年6月25日 ~ 2004年6月20日)

北海道函館市恵比須町出身。政治評論家。田中角栄元首相の政務秘書。

田中角栄元内閣総理大臣の政務秘書を23年間務めた。秘書辞任後は多くの著書を出した。

◆ 略 歴

1943年東川小学校卒業、北海道庁立函館中学校、弘前高等学校を経て、1950年早稲田大学政治経済学部新聞学科入学。

学生運動にのめりこみ、一時日本共産党にも入党した。

浪人留年を繰り返した後に、1955年に早稲田大学政治経済学部を卒業。

東京タイムズ社に入社し、『東京タイムズ』の政治部記者として田中角栄と知り合った。

1962年に大蔵大臣に就いた田中の秘書官となり、内閣総理大臣在任中とその後の「ロッキード事件」による逮捕の時期を含め、田中が脳梗塞で倒れた1985年まで政策担当の秘書を務めた。

田中の病気治療方針などをめぐり、長女真紀子と対立し罷免、政治評論家に転身した。

田中角栄の政治的足跡や、出会った人々の生き方をテーマにした著書を多く出し、人生論を若者向け雑誌に連載し、全国各地で講演活動を行うなど幅広い活動をしていた。テレビ番組では、報道番組の他、多数のトーク番組やクイズ番組、またドラマにも特別出演した。

2004年6月20日午後、肺がんのため東京都内の病院で死去した。享年73歳。

特記事項

◆ 早坂茂三 / 著書

◇ 『オヤジとわたし 頂点をきわめた男の物語―田中角栄との23年』 集英社 1987年
◇ 『政治家田中角栄』 中央公論社 1987年
◇ 『早坂茂三の「田中角栄」回想録』 小学館 1987年
◇ 『駕籠(かご)に乗る人 担(かつ)ぐ人―自民党裏面史に学ぶ』 祥伝社 1988年
◇ 『捨てる神に拾う神―もっと無器用に生きてみないか』 祥伝社 1991年
◇ 『権力の司祭たち』 飛鳥新社 1991年
◇ 『宰相の器―人心は、どんな男に向かうのか』 クレスト社 1992年
◇ 『鈍牛にも角がある』 光文社 1993年
◇ 『男たちの履歴書―いかにして道を拓くか』 クレスト社 1994年
◇ 『政治家は「悪党」に限る』 文藝春秋 1995年
◇ 『意志あれば道あり―すべては自助努力に始まる』 クレスト社 1997年
◇ 『渡る世間の裏話―人生の達人たちに学ぶ』 東洋経済新報社 1997年
◇ 『新・渡る世間の裏話―レアリズムが身を助ける』 東洋経済新報社 1998年
◇ 『けもの道を抜け、平場を歩め―猫にみる雑種の知恵』 光文社 1998年
◇ 『オヤジの知恵』 集英社インターナショナル 1999年
◇ 『怨念の系譜 河井継之助、山本五十六、そして田中角栄』 東洋経済新報社 2001年
◇ 上記全16冊は、改題も含め集英社文庫で再刊された。
◇ 遺著に『オヤジの遺言』 集英社インターナショナル、2004年9月

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