追悼の森 =朱里エイコさん死去=

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歌手 朱里エイコ さん死去

2004年(平成16年)7月31日 死去 享年58歳

朱里エイコ写真 

歌手  朱里エイコ さん死去

ヒット曲「北国行きで」で知られる歌手の 朱里 エイコ(しゅり えいこ)さんが2004年(平成16年)7月31日、虚血性心不全のため東京都足立区の自宅で死去した。58歳だった。

同日午後1時20分ごろ、同居の男性から119番通報があり、救急隊員らが駆けつけたが、すでに死亡していたという。死亡日時は同日午前とみられている。16歳で渡米し歌の修業を積み、帰国後の1972年(昭和47年)、「北国行きで」が大ヒットした。また、脚線美で人気を集めた。近年は目立った音楽活動はなかった。

人物 / 略歴

朱里 エイコ(しゅり エイコ 、1948年3月19日 ~ 2004年7月31日)

東京都に生まれる。本名は田辺栄子(たなべ えいこ)。歌手。

◆ 略 歴

1948年3月19日、舞踏家兼振付師の朱里みさをとオペラ歌手の父の娘として東京に生まれる。

家庭内暴力のため、両親は間もなく離婚、そして父はエイコが5歳の時に交通事故のため亡くなっている。

1964年11月、日本人の海外渡航自由化の年に16歳で単身渡米。

アメリカ、ハリウッドで当時有名だったプロデューサー、トーマス・ポールが来日した際、大勢の中からオーディションに合格し、ダウンタウンのエルコース・ホテルで初舞台を踏む。

この年から2年間の契約で、ラスベガスを中心に各地のショービジネスにデビュー。

1966年9月に帰国。日本で初めてのリサイタルを、日生劇場で開く。

1969年、2度目の単身渡米。ラスベガスのリヴィエラ・ホテルなどでショービズに身を投じる。

1972年10月、最後のショーを開いて帰国。 またこの年1月に発売した「北国行きで」も大ヒットし、デビュー8年目にしてようやく日本でも人気がでる。 同年12月31日、『北国行きで』で第23回NHK紅白歌合戦に初出場する。

1975年、マネジャーの渥美隆郎と結婚する。

◆ アメリカと日本での活躍

アメリカ仕込みの歌とダンスはもちろん、三味線やピアノを演奏しながら歌ったり、時には得意の玉乗りを生かしてステージを構成したりと、彼女の行動力と話題性は尽きることが無かった。

1976年6月19日、カーネギーホール(日本人女性として初出演)でのデュオとのジョイントリサイタル。大ホールでのこの公演は超満員となり、大成功を収めた。

9月、カーネギー・ホールに出演して以来一緒に活動していたHervey Truittらバンドメンバーと共に帰国し、日本公演を各地で行った。

1978年に行われた第7回東京音楽祭、国内大会には、シングル発売された「ジョーのダイヤモンド」で出場しゴールデン・スター賞、作曲賞を受賞した。

1981年RCAレコードへ移籍。1月8日より移籍後初のリサイタルを東京メルパルクホールから行う。

◆ 葛藤と苦悩の日々

1972年に「北国行きで」でヒットを出したころから、実力重視ではなく、ヒット曲重視の日本の芸能界に疑問を抱き始める。

ヒット曲がなかなか出ず、世間から忘れられてしまうのではないか、という焦りも付きまとった。

鬱病状態に陥りながらも、なんとかステージをこなしていたが、1983年6月に名古屋で3度目の失踪事件を起こしてしまう。

この後しばらく入院したが、彼女の復活を望む声は多く、また徐々に活動を始める。

しかし悲劇は続いてしまう。赤坂コルドンブルーに出演して1週間たったある日、開演時間を過ぎても会場に現れない彼女を心配し、関係者が品川区の自宅を訪ねた。すると部屋でパニック状態に陥り、苦しみ悶えている姿で発見される。

彼女が精神科で出されていた薬と、直前に飲んだ栄養ドリンクが異常な症状を出すという、いわゆる薬の飲み合わせによるものだった。

結局この日の公演は中止になり、この事件で彼女は信用を失ってしまう。

さらにはストレスなどいろいろなことが重なり、肝臓病を患ってしまう。生きるか死ぬかという状態が続き、5年という長期にわたって入院生活が続いた。

2004年7月31日午後1時20分ごろ、同居の男性から119番通報があり、救急隊員らが駆けつけたが、すでに死亡していたという。死亡日時は同日午前とみられている。東京都足立区の自宅で虚血性心不全のため死去した。享年58歳。

特記事項

日本国外を中心に活躍した。

◆ 朱里エイコ / 出演CMソング

◇ レナウン「イエ・イエ」(1967年)
◇ コカ・コーラ「うるおいの世界」(1973年)
◇ キリンビール「ジョーのダイヤモンド」(1977年)
◇ トヨタ・チェイサー「SAMURAI NIPPON](1979年)
◇ 三菱電機「Change Up」

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