追悼の森 =宅間守死刑囚死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【た~ち~つ~て~と】 著名人訃報一覧【た~ち~つ~て~と】  著名人訃報一覧 2004年 著名人訃報一覧 Ver.31
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

小学校無差別殺傷事件  宅間 守 死刑囚 死去

2004年(平成16年)9月14日 死去 享年40歳

宅間守写真  

附属池田小事件(小学校無差別殺傷事件)  宅間 守 死刑囚 死去

2001年(平成13年)6月8日午前10時20分頃、大阪教育大学附属池田小学校に凶器を持った宅間 守(当時37歳)が侵入し、次々と同校の児童を襲撃した。

結果、児童8名が殺害され、児童13名、教諭2名に傷害を負わせる惨事となった。男はその場で現行犯逮捕。その後、殺人罪などで起訴され、2003年(平成15年)8月28日、大阪地方裁判所で死刑判決を受けた。死刑確定から約1年後の2004年(平成16年)9月14日8時16分、大阪拘置所で死刑が執行された。40歳だった。

人物 / 略歴

宅間 守(たくま まもる、1963年11月23日 ~ 2004年9月14日)

附属池田小事件(ふぞくいけだしょうじけん)とは、2001年(平成13年)6月8日に大阪府池田市で起こった小学校無差別殺傷事件(刃物によるスクールシューティング)である。

実行犯は大阪地方裁判所平成15年8月28日付け判決(判旨)を伝える新聞記事によれば、犯行時37歳による単独犯と認定されている。

◆ 事件の概略

2001年6月8日10時20分頃、大阪教育大学附属池田小学校に凶器を持った男が侵入し、次々と同校の児童を襲撃した。

結果、児童8名(1年生1名、2年生7名)が殺害され、児童13名、教諭2名に傷害を負わせる惨事となった。

男は校長や別の教諭にその場で取り押さえられ、現行犯逮捕。

最後の一人を刺し終えた瞬間、凶器を落とし、「あーしんど」と呟いたという。その後、殺人罪などで起訴された。

◆ 公 判

2003年8月28日、大阪地方裁判所は被告人に対して死刑判決を言い渡した。

極刑判決を言い渡す場合には主文を最後に述べる慣例があるが、今回はそれを破って主文を先に言い渡した。

また、すでに被告人は開廷時に騒いだことで退廷命令を受け、拘置所職員によって連れ出されており、死刑判決を読み上げる裁判長の声を自ら聞くことはなかった。

◆ 死刑確定後

控訴期限の9月10日に弁護団は控訴したが、9月26日に被告人自ら控訴を取り下げ、死刑判決を確定させた。

被告人は主任弁護人に送った文書で、刑事訴訟法第475条第2項で規定された「死刑確定後の6か月以内の死刑執行」を訴えていた。

◆ 獄中結婚、心境の変化へ

この事件の判決確定後、被告人は支援者の女性と出会い、文通を経て獄中結婚をした。

晩年は被告人自身の姓を女性の姓に改名している。

執行に際して、妻に対しては感謝の気持ちを表すまでには至ったものの、事件によって犠牲になった児童や、被害者の遺族への謝罪は一切無かったとされる。

◆ 最期、死刑執行

死刑確定から約1年後の2004年9月14日8時16分、被告人は大阪拘置所で死刑を執行された。結果的には被告人の望んだ通りの早期執行となった。

被告人が最期に残し、妻が死刑執行後に刑務官から伝えられた言葉は「『ありがとう、と僕が言っていた』と、妻に伝えてください」とされている。

また、執行当日の朝食は取ることが許されなかったが、被告人は執行直前に刑務官から受け取った煙草とリンゴジュースをゆっくり味わってから、拘置所の奥へ消えていったという。

最期まで遺族への謝罪は無かった。享年40歳。

特記事項

◆ 宅間守死刑囚と獄中結婚した妻が、2004年9月19日文書で明らかにした死刑執行当日の状況は次の通り。

9月14日午前9時40分ごろ、自宅を大阪拘置所の職員が来訪。家の中には通さず、マンションの1階に下りる。

職員が口を開こうとした瞬間に最悪の光景が目に浮かび、思わず両手で耳をふさいだ。

「本人はキリスト教の教戒を受けているが、奥さんもキリスト教の方なんですか」などと質問される。
すぐ後に「今朝、きれいに逝きましたよ」と聞かされる。

何がなんだか分からないまま、路上に座り込み大声で泣いた。「なぜこんなに早いんですか?刑確定からまだ1年ですよ。異例じゃないですか?」と質問すると「法務省が慎重に慎重を重ねた検討の上での結果です」と言う。

その後、拘置所に電話し弁護士同伴で拘置所に行くことをいったんは許可されたが、主任弁護士ではないことを伝えると「認められるのは主任弁護人のみです」と厳しい口調で反論され、結局、午後2時すぎに1人で入る。

拘置所3階の応接室のような部屋に案内され「遺体はどこにあるんですか?早く会わせてください」とお願いしたが「もうしばらく待ってください」と言われるばかりで、いら立つ気持ちが抑えられなくなった。

「彼の最期はどうだったんですか」と聞くと「『最後にたばこが吸いたい』と言ったので吸わせました。
吸い終わった後に『ジュースが飲みたい』と言ったので飲ませました。
終始、取り乱すことなくきれいに逝きましたよ」と聞かされる。

泣きながら「死んでその人のいったい何が矯正され、更生されるんですか」と聞くと「矯正とは『罪を反省し、謝罪の気持ちを持つということ』だと思います」と言われた。

「矯正局とは人間の更生に力を貸してくださる場所ではないんですね」とあらためて聞くと「それ以上はお答えできません」と言われた。裏門のそばの車の中に安置されたひつぎが目に飛び込んできた瞬間、大声で泣いた。

1人の若い刑務官が駆け寄って来て「最後に、奥さんにあてて『ありがとうって、ぼくが言ってたって伝えてください』って言ってました」と口早に小さい声で私に伝えた。

守の最期の言葉を伝えるためだけに、わざわざ駆け寄ってきてくれた若い刑務官に対し、感謝の気持ちでいっぱいになった。
「ありがとう」と必死でその刑務官に伝えようとしたが、言葉にならず、何度も心の中で「ありがとう、ありがとう」を繰り返した
「こんな若い人までも執行に立ち会わされたのか」と思い、また違う涙があふれてきた。

別の職員にせかされ、最初に通された3階の応接室に戻った。

埋葬許可証のような書類を手渡され、そこには「死因・その他 死亡時刻:8時16分」と書かれていた。

◆ A Related Words :
宅間守死刑囚と獄中結婚/宅間守 死去/宅間守 死刑執行/宅間守 プロフィール/宅間守 略歴

Page Top

スマートフォン / PC サイト