追悼の森 =小森和子さん死去=

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映画評論家  小森和子 さん死去

2005年(平成17年)1月8日 死去 享年95歳

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映画評論家  小森和子 さん死去

「小森のおばちゃま」の愛称で親しまれた映画評論家の 小森 和子(こもり かずこ)さんが2005年(平成17年)1月8日午前1時42分、呼吸不全のため東京都港区の自宅で死去した。95歳だった。

玉ねぎ型の髪型とその喋り、人柄から人気を得た。1995年(平成7年)3月に自宅で倒れ負傷して以来、晩年の10年間はパーキンソン病、老人性認知症、うつ病を患い、寝たきりの状態で自宅療養生活を送っていたという。葬儀は近親者で済ませた。喪主は養女の晴子(はるこ)さん

人物 / 略歴

小森 和子(こもり かずこ、1909年11月11日 ~ 2005年1月9日)

東京都赤坂に生まれ育つ。旧姓は安彦(あびこ)。映画評論家、タレント。愛称は「(小森の)おばちゃま」。

◆ 略 歴

東京府立第三高等女学校(現:東京都立駒場高等学校)卒業後、『婦人公論』誌編集部で見習い記者を務める。

関係を持った菊池寛の運営する『映画時代』誌編集部へ移り、さらに京都で作家の川口松太郎の愛人生活を送るようになる。

その後、神戸にあったイギリスの船舶会社『P&O』の日本支店でOL生活を送る。

神戸で知り合ったNHK元会長・小森七郎の息子小森一郎と32歳で結婚。

1947年に『映画の友』誌の編集部に入り、当時の編集長の淀川長治の勧めで映画評論活動を開始。

アメリカの映画俳優ジェームズ・ディーンの熱狂的崇拝者として有名。

48歳で離婚し、まだ日本人の渡米が困難だった1958年、単身渡米して、ジェームズ・ディーンの墓参を果たすと共に、『映画の友』編集者時代からの親友シャーリー・マクレーンの紹介でハリウッドを訪問。当時まだアメリカでは日本人女性が大変珍しかったのでフランク・シナトラたちから大歓迎を受けた。

この渡米ではニューヨークで作家の檀一雄と恋愛関係になった。

話を切り出す際の一人称として「おばちゃまはねぇ・・・」というものを使うことが多かったことから、小森のおばちゃまと親しまれ、1980年代は片岡鶴太郎が小森のものまねをしたことがきっかけで、バラエティ番組出演も多く、玉ねぎ型の髪型とその喋り、人柄から人気を得た。

映画ファンが集まり語り合う場所として、六本木でムービーサロン『ココ』を20年に渡って、主宰した。

1995年3月に火傷を負ってからはマスメディアに露出することがなくなり、1998年11月に車椅子で淀川長治の葬儀に出席したのが公の場に姿を見せた最後となる。

晩年の10年はパーキンソン病、老人性認知症、うつ病を患い、寝たきりの状態で自宅療養生活を送った。

2005年1月9日午前1時42分、呼吸不全のため、東京都の自宅で死去。享年95歳。

特記事項

奔放な性遍歴と率直な人柄の持ち主としても知られ、菊池寛や川口松太郎や檀一雄の愛人だったことを隠そうともしなかった。

◆ 小森和子 / 著書

◇ スター・ア・ラ・カルト じかに会った素顔の味わい(エヌピー出版、1975年)
◇ 流れるままに、愛(集英社、1984年)
◇ おばちゃまのモア・ベター人生論(講談社、1984年)
◇ 映画はわたしの恋人 おばちゃまのシネマ人生80年(近代映画社、1990年)

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