追悼の森 =石津謙介さん死去=

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服飾評論家  石津謙介 さん死去

2005年(平成17年)5月24日 死去 享年93歳

石津謙介写真  

服飾評論家  石津謙介 さん死去

「VAN」の創始者で、アイビールックを世に出した服飾評論家の 石津 謙介(いしず けんすけ)さんが2005年(平成17年)5月24日午前2時2分、肺炎のため東京都青梅市内の病院で死去した。93歳だった。

彼が創始したVANブランドは、日本版アイビールックとして1960年代に人気を集めた。そのロゴ付きの紙袋を持ち銀座のみゆき通りにたむろしていた若者たちは「みゆき族」と呼ばれた。故人の遺志で献体される。葬儀、告別式は行わない。

人物 / 略歴

石津 謙介(いしづ けんすけ、1911年10月20日 ~ 2005年5月24日)

岡山県岡山市出身。ファッションデザイナー。日本メンズファッション協会最高顧問。

ファッションのみならず、音楽、ライフスタイル、思想に至るまで、日本の戦後文化に大きな影響を残した。

◆ 略 歴

岡山師範学校附属小学校から旧制第一岡山中学(現・県立岡山朝日高校)を経て、明治大学商科専門部に入学。

スポーツ万能であるとともに流行の先端をいく遊びに長け、明大在学中はオートバイ・クラブ、自動車部、航空部などを創部した他、ローラースケート、乗馬、水上スキーなどにも興じた。

明大卒業後は実家の紙問屋の経営を引き継いだが、ファッションへの造詣が深く、当時の中華民国・天津で洋品店に勤務。

戦後はファッションメーカー・レナウンに勤務した後1951年に独立し、「VAN」ブランドとして知られる「株式会社ヴァンヂャケット」を設立。

特にブレザーとボタンダウンシャツをベースとした学生のファッションスタイルを「アイビールック」として紹介し、若者のファッション文化に改革をもたらした。

また1964年東京オリンピックの日本代表選手団の赤い公式ブレザーや、1966年から1968年にはサンケイ・アトムズの試合ユニフォームをデザインした。

また当時、国鉄、警視庁、日本航空、ヤマハなども石津デザインのユニフォームを採用した。

1978年に株式会社ヴァンヂャケットが約500億円の負債を抱えて経営破綻(その後再建)した後はフリーのファッションデザイナーとして活動する傍ら、衣・食・住のライフスタイルを積極的に提案した。

2005年5月24日、肺炎のため東京都青梅市の病院で死去。93歳没。

特記事項

ファッションに最期までこだわり続け、寝たきりになってもパジャマを着ることを拒絶し、三宅一生デザインのシャツを着たまま息を引き取った。

◆ 石津謙介が遺したもの

「時、場所、場合を考慮して」という意味でよく用いられる「TPO(Time、Place、Occasion)」。また、「カジュアル」、「Tシャツ」、「トレーナー」、「スウィングトップ」、「ステンカラーコート」、「へビー・デュティー」などの和製ファッション用語を定着させたのは彼であり、「キャンペーン」や「プレミアム」(賞品)といった業界用語もVANの企業戦略から生まれたものである。

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