追悼の森 =岡八朗さん死去=

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喜劇俳優  岡 八朗 さん死去

2005年(平成17年)7月26日 死去 享年67歳

岡八朗写真  

喜劇俳優  岡 八朗 さん死去

「奥目の八ちゃん」の愛称で親しまれた吉本新喜劇の元座長で俳優の 岡 八朗(おか はちろう)さんが2005年(平成17年)7月26日午前5時20分、肺炎による呼吸不全のため兵庫県尼崎市内の病院で死去した。67歳だった。

1993年(平成5年)に胃がんで手術を受けたほか、急性すい炎、脳挫傷、さらには家族の不幸などが重なりアルコール依存症に陥った。一時は再起不能ともいわれたが、断酒に成功。その後、全国でアルコール依存症克服の講演会を行っていた。

人物 / 略歴

岡 八朗(おか はちろう、1938年4月16日 ~ 2005年7月26日)

兵庫県尼崎市出身。本名は市岡輝夫(いちおか てるお)。喜劇俳優。

2003年4月16日以前の芸名は「岡 八郎」。

◆ 略 歴

父は喜劇役者で幼少から芸事に触れる。

1958年、宝塚映画の大部屋に入るが1年で退社。

花菱アチャコに師事、師匠の薦めで1959年4月に吉本新喜劇へ第1期生として入団。

入団当初は本名の「市岡輝夫」のまま吉本新喜劇の前身である吉本ヴァラエティやステレオコントの舞台に上がる。

1960年4月に漫才に転向し浅草四郎とコンビを組むが1966年に四郎が死去。

一時千土地興行に移籍したこともあったが、後吉本興業に戻り役者に諦めきれず復帰して座長に就任、主に花紀京、船場太郎、山田スミ子、原哲男、のちには木村進、間寛平らと共に活躍した。

その風貌から「奥目の八ちゃん」と親しまれ、「くっさー」、「えげつなー」、「隙があったらかかってこんかい!」等のギャグを多数持つ。そのギャグは定番として、いまだに明石家さんまなどが演じている。

二枚看板の花紀京とは特に息の合ったかけあいを披露して、多くの新喜劇ファンの笑いと涙を誘った。

「一にも二にも三にも健康法は酒です」と本人が語る程の酒好きであった。結果的にこれが祟り、長年アルコール依存症を患うこととなった。

また、アルコール依存症の他にも私生活でのトラブルも多く、30歳で結核を患い、1993年には胃癌、1995年には急性膵炎、1996年には自宅で転倒し脳挫傷に、さらに妻の自殺、長男(アルコール依存症だった)の急死と不幸が続いた。

脳挫傷の後遺症は記憶障害という喜劇役者としては致命的なダメージを背負うことになり、台詞が覚えられず、以後事実上の引退状態になってしまった。

岡の舞台に立ちたいという本人の意志は強く、2002年12月18日に芸能生活45周年記念リサイタル「岡八我王(ガオー)伝説」をなんばグランド花月で行った。

この公演では弟子のオール阪神・巨人の巨人らとの新喜劇、市岡裕子との父娘漫才を披露した。

2003年には心機一転、芸名を「岡 八郎」から「岡 八朗」に変えるなど、舞台に対する意欲をみせていたが、2005年7月27日肺炎による呼吸器不全のため、兵庫県尼崎市内の病院で死去した。享年67歳。戒名は笑輝院一道禅圓居士。

特記事項

長女はゴスペル歌手の市岡裕子。

◆ 岡八朗 / 弟子

◇ オール阪神・巨人
◇ おかけんた・ゆうた

◆ 岡八朗 / 著書

◇ 『只今、ご紹介にあずかりました岡八郎でございます。』 岡八郎著(データハウス,1986年4月)ISBN 9784924442283
◇ 『泣いた分だけ笑わしたる:アルコール依存症から脱出した八ちゃんの奮闘記』 岡八朗、市岡裕子著(マガジンハウス,2003年6月)ISBN 4838714416

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