追悼の森 =桂吉朝さん死去=

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落語家  桂 吉朝 さん死去

2005年(平成17年)11月8日 死去 享年50歳

桂吉朝写真  

落語家  桂 吉朝 さん死去

上方落語界のホープとして人気を集めた落語家の 桂 吉朝(かつら きっちょう)さんが2005年(平成17年)11月8日午後11時20分、心不全のため兵庫県尼崎市内の病院で死去した。50歳だった。

1999年(平成11年)に胃がんが見つかり、手術を受け一度は復帰したものの、2004年(平成16年)10月になって胃がんを再発。その後、治療を続けながら高座を勤めていたが既に がんは末期状態であったという。葬儀、告別式は行わない。後日、お別れの会を開く。

人物 / 略歴

桂 吉朝(かつら きっちょう、1954年11月18日 ~ 2005年11月8日)

大阪府堺市出身。本名は上田 浩久(うえだ ひろひさ)。落語家。出囃子は、『外記猿』。

◆ 略 歴

大阪府立今宮工業高等学校卒業後、1974年1月に3代目桂米朝に弟子入り。

弟子入り当初から、高度な落語センスを持ち合わせており注目されていた。

「七段目」「蛸芝居」「質屋芝居」などといった芝居噺を得意とし、「地獄八景亡者戯」以外にも「百年目」「愛宕山」「高津の冨」「千両蜜柑」などの師匠米朝ゆずりの大ネタに、現代のセンスに合った「くすぐり」を加え独自の世界を切り開き米団治系の後継者と言われていた。

また「ふぐ鍋」「天災」「化け物使い」などの他の一門の持ちネタも自らの持ちネタとし、おもしろさだけでなく、こなせるネタの幅広さは当代一と噂されていた。

若い頃から落語家桂千朝、桂雀松らや講談師の旭堂南左衛門と勉強会を開催した他、落語だけにとどまらず中島らも、松尾貴史らと共に劇団「笑殺軍団リリパットアーミー」の役者としても活躍。

弟弟子の桂米左とともに日本のアニメーションの元祖とも言われる「錦影絵」を演じ、上方落語界の次世代を担うホープ、また米朝の後継者として期待が高かった。

しかし、1999年に胃癌を患い、手術を受け一度復帰したものの、2004年10月になって胃癌を再発。その後治療を続けながら高座を勤めていたが、既に癌も末期状態であった。

2005年11月8日午後11時20分、心不全のため兵庫県尼崎市内の病院で死去した。享年50歳。

特記事項

最後となった高座は、直前の10月27日に国立文楽劇場で行われた「米朝・吉朝の会」であった。当初「ふぐ鍋」と「弱法師」の2席を予定していたが、楽屋では医師付き添いのもと酸素を吸入しながら45分以上をかけて「弱法師」を熱演するのが精一杯で「ふぐ鍋」を演じる事は出来なかった。

終演後しばらくは観客からの拍手が鳴り止まなかったが、吉朝はそのわずか12日後に亡くなった。

◆ 桂 吉朝 / 受賞歴

◇ 1988年 「NHK新人演芸コンクール」優秀賞
◇ 1989年 「第7回咲くやこの花賞」
◇ 1992年 「大阪府民劇場奨励賞」
◇ 1993年 「第56回国立演芸場花形演芸会」金賞
◇ 1994年 「第14回国立演芸場花形演芸会」大賞(上方芸人初)
◇ 2001年 「第30回上方お笑い大賞」、「芸術選奨新人賞」
◇ 2002年 「平成14年度兵庫県芸術奨励賞」
◇ 2005年12月 「第34回上方お笑い大賞」特別功労賞

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