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映画監督  今村昌平 さん死去

2006年(平成18年)5月30日 死去 享年79歳

今村昌平写真  

映画監督  今村昌平 さん死去

カンヌ国際映画祭で2度の最高賞に輝いた映画監督の 今村 昌平(いまむら しょうへい)さんが2006年(平成18年)5月30日午後3時49分、転移性肝腫瘍(しゅよう)のため東京都渋谷区内の病院で死去した。79歳だった。

「楢山節考」と「うなぎ」でカンヌ国際映画祭の最高賞を2度も獲得するという快挙を達成した。また、多くの後継者を輩出した横浜放送映画専門学院(現:日本映画学校)を開校し、校長を務めた。

人物 / 略歴

今村 昌平(いまむら しょうへい、1926年〈大正15年〉9月15日 ~ 2006年〈平成18年〉5月30日)

東京府東京市の大塚に生まれる。映画監督。脚本家。

◆ 略 歴

東京府東京市の大塚で今村半次郎(耳鼻咽喉科の開業医)の三男一女の四男として生まれる。長兄はフィリピンで戦死。

1944年(昭和19年)に東京高等師範学校附属中学校(現:筑波大学附属中学校・高等学校)を卒業。

徴兵を避けるため桐生工業専門学校(現・群馬大学工学部)に入学、終戦後直ちに退学し、早稲田大学第一文学部西洋史学科卒業。

50年余の映画監督人生の中で、20作品を監督している。

1951年(昭和26年)早稲田大学第一文学部を卒業し、松竹大船撮影所に入社。欠員の出た松竹が初の助監督公募を行い2000人中8人という難関を突破しての合格だった。

1954年(昭和29年)に日活に移籍する。

1961年(昭和36年)の『豚と軍艦』、1963年(昭和38年)の『にっぽん昆虫記』、1964年(昭和39年)の『赤い殺意』などで監督として世間に認められるも、一時は企画がまったく受け入れられず、胃潰瘍を患い、明日の米にも困るほどの赤貧生活を経験している。

1979年(昭和54年)、佐木隆三の『復讐するは我にあり』の映画化権を多くのライバルから奪い、公開までこぎつけて見事に復活を遂げたものの、1981年(昭和56年)の『ええじゃないか』の大失敗で一時は「天下の今平も終わったな」と観客を失望させた。

しかし1983年(昭和58年)、起死回生の『楢山節考』を発表。本作と『うなぎ』(1997年)で、日本人では初めてカンヌ国際映画祭で2度最高賞(パルム・ドール)を受賞するという快挙を成し遂げた。

1975年(昭和50年)、横浜放送映画専門学院(現:日本映画大学)を開校し、校長・理事長を務め、三池崇史・細野辰興・金秀吉・佐々部清・本広克行・李相日などの映画監督、鄭義信などの脚本家、芥川賞作家の阿部和重、さらに、タレントのウッチャンナンチャン、俳優の長谷川初範、隆大介などの人材を輩出した。

2006年(平成18年)5月30日午後3時49分、転移性肝腫瘍のため東京都渋谷区の病院で死去。享年79。

特記事項

家族は妻と2男1女。長男は脚本家で映画監督の天願大介。次男は今村プロダクション代表取締役の今村竑介。

◆ 今村昌平 / 監督作品

◇ 盗まれた欲情(1958年)日活 原作:今東光
◇ 西銀座駅前(1958年)日活 原案・脚本:今村昌平
◇ 果しなき欲望(1958年)日活 原作:藤原審爾
◇ にあんちゃん(1959年)日活 原作:安本末子 ベルリン映画祭コンペティション
◇ 豚と軍艦(1961年)日活 脚本:山内久
◇ にっぽん昆虫記(1963年)日活 脚本:長谷部慶次・今村昌平 ベルリン映画祭主演女優賞
◇ 赤い殺意(1964年)日活 原作:藤原審爾
◇ エロ事師たちより 人類学入門(1966年)日活・今村プロ 原作:野坂昭如
◇ 人間蒸発(1967年)日活・ATG・日本映画新社・今村プロ ドキュメンタリー
◇ 神々の深き欲望(1968年)日活・今村プロ 脚本:長谷部慶次・今村昌平
◇ にっぽん戦後史 マダムおんぼろの生活(1970年)日本映画新社・東宝 脚本:今村昌平
◇ 復讐するは我にあり(1979年)松竹・今村プロ 原作:佐木隆三
◇ ええじゃないか(1981年)松竹・今村プロ 原作:今村昌平 カンヌ映画祭招待作品
◇ 楢山節考(1983年)東映・今村プロ 原作:深沢七郎 カンヌ映画祭パルムドール
◇ 女衒 ZEGEN(1987年)東映・今村プロ 脚本:岡部耕大・今村昌平 カンヌ映画祭コンペティション
◇ 黒い雨(1989年)東映・今村プロ・林原グループ 原作:井伏鱒二 カンヌ映画祭高等技術委員会グランプリ
◇ うなぎ(1997年)松竹・ケイエスエス・衛星劇場・グループコーポレーション 原作:吉村昭『闇にひらめく』カンヌ映画祭パルムドール
◇ カンゾー先生(1998年)東映・今村プロ・東北新社・角川書店 原作:坂口安吾 カンヌ映画祭招待作品
◇ 赤い橋の下のぬるい水(2001年)日活・「赤い橋の下のぬるい水」製作委員会 原作:辺見庸 カンヌ映画祭コンペティション
◇ 11'09''01/セプテンバー11 日本編(2002年) 脚本:天願大介

◆ 今村昌平 / 受賞歴

◇ 1963年 - ブルーリボン賞監督賞・脚本賞『にっぽん昆虫記』('63年映画配収 6位、3億3000万円)
◇ 1979年 - ブルーリボン賞監督賞・日本アカデミー賞監督賞・キネマ旬報賞監督賞 『復讐するは我にあり』
◇ 1989年 - 日本アカデミー賞監督賞・キネマ旬報賞監督賞・日刊スポーツ映画大賞監督賞 『黒い雨』
◇ 1997年 - 日本アカデミー賞監督賞・毎日映画コンクール監督賞『うなぎ』。第15回川喜多賞を受賞
◇ 死に際して旭日小綬章、フランス共和国より芸術文化勲章が贈られた。

◆ 今村昌平 / 著作

◇ 映画は狂気の旅である(2004年、日本経済新聞社) ISBN 4-532-16471-0
◇ 撮るーカンヌからヤミ市へ(2001年、工作舎) ISBN 978-4-87502-357-9
◇ 『サヨナラだけが人生だ 映画監督川島雄三の生涯』(ノーベル書房:昭和43年)

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