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作曲家  伊福部 昭 さん死去

2006年(平成18年)2月8日 死去 享年91歳

伊福部昭写真  

作曲家  伊福部 昭 さん死去

映画「ゴジラ」の音楽で知られた日本作曲界の重鎮、伊福部 昭(いふくべ あきら)さんが2006年(平成18年)2月8日午後10時23分、多臓器不全のため東京都目黒区の病院で死去した。91歳だった。

1947年(昭和22年)の「銀嶺の果て」を機に映画音楽でも活躍した。中でも、1954年(昭和29年)の「ゴジラ」では動感と重量感のある曲でゴジラのイメージを見事に表し、その後も同シリーズの多くを担当した。作った映画音楽は300を超える。

人物 / 略歴

伊福部 昭(いふくべ あきら、1914年(大正3年)5月31日 ~ 2006年(平成18年)2月8日)

北海道釧路市に生まれる。作曲家。

日本の音楽らしさを追求した民族主義的な力強さが特徴の数多くのオーケストラ曲のほか、『ゴジラ』を初めとする映画音楽の作曲家として、また音楽教育者としても知られる。

◆ 略 歴(年譜)

1914年(大正3年) - 北海道釧路町(釧路市の前身)幣舞警察官僚の伊福部利三、キワの三男としてうまれる。

1926年(大正15年) - 12歳。札幌第二中学(北海道札幌西高等学校の前身)入学。

1932年(昭和7年) - 18歳。北海道帝国大学(北海道大学の前身)農学部林学実科に入学。文武会管絃学部のコンサートマスターとなる。

1934年(昭和9年) - 20歳。伊福部、三浦、早坂による「新音楽連盟」を結成。この三名と友人、伊福部の次兄、勲らにより「国際現代音楽祭」を開催。

1935年(昭和10年) - 21歳。大学を卒業後、北海道庁地方林課の厚岸森林事務所に勤務。

◆ 戦後の活動

1946年(昭和21年) - 32歳。職を失い、「途方に暮れていたところ」、東京音楽学校(現東京藝術大学)作曲科講師として就任。栃木県の日光・久次良に転居。独唱曲『ギリヤーク族の古き吟唱歌』作曲。

1947年(昭和22年) - 33歳。東京都世田谷区等々力町に転居。東宝プロデューサーの田中友幸から依頼を受け、『山小屋の三悪人』(公開題名は『銀嶺の果て』)で初めて映画音楽を担当。

1948年(昭和23年) - 34歳。世田谷区多摩川奥沢町に転居。『ヴァイオリン協奏曲』。

1949年(昭和24年) - 35歳。父、利三死去。独唱曲『サハリン島土蛮の三つの揺籃曲』(現在は土蛮は先住民と表記)作曲。バレエ音楽『子供のための舞踏曲 リズム遊びのための10の小品』作曲。バレエ音楽『憑かれたる城(バスカーナ』作曲。

1950年(昭和25年) - 36歳。バレエ音楽『プロメテの火』作曲。

1951年(昭和26年) - 37歳。世田谷区玉川尾山町(現尾山台)に転居。『音楽入門』(要書房)刊行。バレエ音楽『日本の太鼓「鹿踊り」』作曲。

1952年(昭和27年) - 38歳。『ヴァイオリンと管弦楽のための協奏風狂詩曲』ジェノヴァ国際作曲コンクール入選。

1953年(昭和28年) - 39歳。東京音楽学校の音楽科講師を退任。バレエ音楽『人間釈迦』作曲。『管絃楽法』(音楽之友社)刊行。ラジオ放送による音楽劇『ヌタックカムシュペ』が文部省芸術祭賞受賞。

1954年(昭和29年) - 40歳。『ゴジラ』の音楽を担当。以後、『ビルマの竪琴』や『座頭市』シリーズなど多くの映画音楽を手掛けた。

1956年(昭和31年) - 42歳。『ヴァイオリンとピアノのための二つの性格舞曲』作曲。毎日映画コンクール音楽賞受賞。仮面舞踏劇『ファーシャン・ジャルボー』作曲。独奏曲『アイヌの叙事詩による対話体牧歌』作曲。

1958年(昭和33年) - 44歳。合唱頌詩『オホーツクの海』作曲。
1960年(昭和35年) - 46歳。独唱曲『シレトコ半島漁夫の歌』作曲。バレエ音楽『日本の太鼓「狐剱舞」』作曲。
1961年(昭和36年) - 47歳。合唱曲『北海道賛歌』作曲。ピアノ協奏曲『ピアノと管絃楽のためのリトミカ・オスティナータ』作曲。
1965年(昭和40年) - 51歳。母、キワ死去。
1967年(昭和42年) - 53歳。ギター独奏曲『古代日本旋法による蹈歌』作曲(1990年に二十絃箏用に編曲)
1968年(昭和43年) - 54歳。『管絃楽法』(音楽之友社)上巻増補改訂版と下巻刊行。
1969年(昭和44年) - 55歳。ギター独奏曲『箜篌歌』作曲(1989年にハープ独奏曲、1997年(平成9年)に二十五絃箏曲に編曲)
1970年(昭和45年) - 56歳。大阪万博のパビリオン「三菱未来館・日本の自然と日本人の夢」の音楽を手がける。
1970年(昭和45年) - 56歳。ギター独奏曲『ギターのためのトッカータ』作曲(1991年(平成3年)に二十五絃箏曲に編曲)
1972年(昭和47年) - 58歳。吹奏楽曲『ブーレスク風ロンド』作曲。バレエ音楽『日本二十六聖人』作曲。
1973年(昭和48年) - 59歳。邦楽器合奏曲『郢曲「鬢多々良」』作曲。
1974年(昭和49年) - 60歳。東京音楽大学作曲科教授就任。
1976年(昭和51年) - 62歳。同大学長就任。マリンバ協奏曲『オーケストラとマリンバのためのラウダ・コンチェルタータ』作曲。
1979年(昭和54年) - 65歳。『ヴァイオリン協奏曲第二番』作曲。二十絃箏曲『物伝舞』作曲。
1980年(昭和55年) - 66歳。リュート独奏曲『バロック・リュートのためのファンタジア』作曲(1993年に二十五絃箏曲『幻哥」へ編曲)。紫綬褒章受章。
1982年(昭和57年) - 68歳。二十絃箏協奏曲『二十絃箏とオーケストラのための交響的エグログ』作曲。
1983年(昭和58年) - 69歳。管弦楽曲『SF交響ファンタジー第一番、第二番、第三番』作曲。ゴジラ30周年記念「伊福部昭SF特撮映画音楽の夕べ」開催。
1985年(昭和60年) - 71歳。『ヴァイオリンとピアノのためのソナタ』作曲。東京音楽大学民俗音楽研究所所長就任。
1987年(昭和62年) - 73歳。勲三等瑞宝章受賞。
1989年(平成元年) - 75歳。バレエ音楽『人間釈迦』を『交響頌偈「釈迦」』に編曲。
1990年(平成2年) - 76歳。管絃司判『鞆の音』作曲。
1992年(平成4年) - 78歳。独唱曲『摩周湖』作曲。
1993年(平成5年) - 79歳。交響的音画『釧路湿原』作曲。
1994年(平成6年) - 80歳。独唱曲『因幡万葉の歌五首』作曲。
1996年(平成8年) - 82歳。日本文化デザイン賞大賞受賞。
1997年(平成9年) - 83歳。二十五絃箏曲『胡哦』作曲。
1999年(平成11年) - 85歳。二十五絃箏曲『琵琶行』作曲。
2000年(平成12年) - 86歳。独唱曲『蒼鷺』作曲。独唱曲『聖なる泉』作曲。妻・アイ死去。
2003年(平成15年) - 89歳。チェンバロ独奏曲『小ロマンス』作曲。文化功労者顕彰。

2006年(平成18年) - 2月8日午後10時23分、多臓器不全のため東京都目黒区の病院で死去した。享年91歳。

特記事項

没後の2008年(平成20年)- 『完本 管絃楽法』(音楽之友社)が刊行された。

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