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作家、タレント、元東京都知事  青島幸男 さん死去

2006年(平成18年)12月20日 死去 享年74歳

青島幸男写真  

作家、タレント、国会議員、元東京都知事  青島幸男 さん死去

直木賞作家で、東京都知事や参院議員を務めた 青島 幸男(あおしま ゆきお)さんが2006年(平成18年)12月20日午前9時30分、血液がんの一種である骨髄異形成症候群のため東京都江東区内の病院で死去した。74歳だった。

1981年(昭和56年)に「人間万事塞翁が丙午」で 同年上半期の直木賞を受賞した。また、ドラマ「いじわるばあさん」では主演を演じ、国民的キャラクターとして人気を誇った。多才の人として知られ「超マルチタレント」と称された。

人物 / 略歴

青島 幸男(あおしま ゆきお、1932年(昭和7年)7月17日 ~ 2006年(平成18年)12月20日)

東京都出身。作家、作詞家、タレント、俳優、放送作家、映画監督、政治家。

参議院議員(通算5期)、東京都知事(第13代)を歴任した。

◆ 略 歴

東京府東京市日本橋区堀留町(現在の東京都中央区日本橋)の仕出し弁当店・弁菊の次男として生まれる。

東京都立第二十一中学校(現・東京都立武蔵丘高等学校)に入学するが学制改革に遭い、数ヶ月で新制早稲田大学高等学院に転校。

早稲田大学第一商学部に進学。卒業間際に結核を患い、1955年4月に同大学院商学研究科修士課程商学専攻に進学し、療養生活を送る。

漫才台本がNHKのコンクールで採用されたことをきっかけに放送作家としての活動を開始。1956年6月には大学院を中退。

◆ マルチな才能を発揮

渡辺プロダクション制作の「おとなの漫画」(フジテレビ)、「シャボン玉ホリデー」(日本テレビ)などの構成をし、放送作家本人が画面に登場する「青島だァ!」のギャグで一躍有名になる。

作詞家としても才能を発揮し、番組で関わったハナ肇とクレージーキャッツや坂本九らの作詞をする。特に作曲家萩原哲晶とのコンビでの作品で数多くのヒットがある。代表曲として「スーダラ節」「だまって俺についてこい」「明日があるさ」等がある。

1966年には映画「鐘」を製作、主演、製作、脚本、監督を担当した。同作はカンヌ国際映画祭の国際批評家週間に入選した。

俳優として、テレビドラマ「意地悪ばあさん」(長谷川町子原作 / レギュラー放映:1967年~1969年、1970年~1971年、1981年~1982年)に主演の意地悪ばあさん(波多野たつ)の役で出演。自身で作詞した主題歌「意地悪ばあさんのうた」も歌った。

◆ 政治の道へ

1968年、第8回参議院議員通常選挙に全国区から立候補し2位で初当選。なお、1位は石原慎太郎、3位は上田哲であり、タレント議員のパイオニア的存在となる。

ある日、佐藤栄作が「自分は参院選の応援の為に日本全国を回った」と得意気に話すので、「自分はテレビでの知名度があって当選できた。選挙の立候補者も放送を通じて政見を述べればよい」と答える。そして青島の提案により、政見放送が実施される。

1974年の第10回参議院議員通常選挙以降、候補者の青島自らが街頭演説などの選挙運動を一切しないという独自の選挙活動を行う。これは青島が超有名人気タレントだから可能な戦法であった。

1981年、「人間万事塞翁が丙午」で同年上半期の直木賞を受賞。

1989年4期目途中で消費税法案の強行採決に抗議して議員を辞職するが、直後に予定されていた第15回参議院議員通常選挙に立候補するものの落選した。

1991年に悪性リンパ腫が発見され「追跡」など当時の全てのレギュラー番組を降板し治療に専念した。後に寛解するも、この時の抗癌剤治療が死因である骨髄異形成症候群の遠因となったと言われている。

1992年の第16回参議院議員通常選挙で、国会議員に返り咲く。

◆ 東京都知事

1995年、東京都知事選挙に参議院議員を辞職し、無所属での出馬を表明する。

青島は開発が進む臨海副都心地区で開催が予定されていた、鈴木前知事肝煎りの世界都市博覧会中止を公約に掲げ、石原や大前研一、岩國哲人、上田哲ら有力候補を破り、1.700.933票を獲得して圧勝する。

青島知事就任後、東京都議会は臨海副都心開発を見直した上、都市博の開催を求める決議を賛成多数で可決したが、青島は「中止補償は金で購いが着く。青島は約束を守れる男かそうでないのか、信義の問題なんだ!」と反対し、公約通り中止を決定。

建設業では、都市博向けに人員を確保したものの突然の解雇、建設途中のブースを放棄し費用の不払いが各社で発生、資材を購入した建設業者の倒産などが相次いだ。

都知事在任中の1995年5月16日午後7時頃、都庁舎の都知事秘書室で青島知事宛の小包が爆発する事件が起こり、この小包を開梱していた職員は左手の全ての指と右手親指を失う重傷を負った(東京都庁小包爆弾事件)。後にこの事件はオウム真理教による犯行と断定されている。宗教法人法による解散請求問題が浮上していたため、都知事の青島が狙われた。

1998年には絵画「循環」で二科展入選を果たした。

「ポスト青島」をめぐる1999年東京都知事選挙では、民主党を離党し、衆議院議員を辞職して出馬した鳩山邦夫を後継指名したが、石原慎太郎が当選し、鳩山は次点に終わった。

◆ 晩 年

2001年、二院クラブ代表に復帰。第19回参議院議員通常選挙に比例区から出馬するが落選。

2004年の第20回参議院議員通常選挙に東京都選挙区(定数4)から無所属で出馬。

596.272票を獲得したが、次点で落選した。事実上政界を引退することとなった。

2006年12月20日午前9時31分、骨髄異形成症候群のため死去。74歳没。

叙・正四位、旭日重光章受章。戒名は廉正院端風聚幸大居士。今上天皇から、一般の香典にあたる祭祀料を下賜される。

特記事項

テレビ業界で当初は放送作家として成功し、高度成長期を歌った「スーダラ節」を作詞した。

小説を執筆すれば処女作「人間万事塞翁が丙午」が直木賞を受賞。

ドラマ「いじわるばあさん」で主演し国民的キャラクターとして定着するなど、多才の人として知られ「超マルチタレント」と呼ばれた。

また、タレント政治家として高い人気を誇り、選挙期間中に選挙公報作成、政見放送録画以外の選挙運動を一切やらない点等が逆に注目されたりした。

ただ、都知事時代はめぼしい業績を残さなかったことや世界都市博覧会中止以外の公約を反故にしたことにより、そのカリスマ性も薄れ、都知事退任後、国政復帰はならなかった。

◆ 家 族

長女は放送作家、エッセイスト、タレントの青島美幸。長男は作詞家、放送作家の青島利幸。

◆ 青島幸男 / 著書

◇ ざまァみやがれ!―デッカイ気分になる本(青春出版社、1966)
◇ 青島の意地悪議員日記(読売新聞社、1969)
◇ 続・意地悪議員日記―男メカケから沖縄国会まで(パロディ社、1972)
◇ 第3意地悪議員日記(パロディ社、1973)
◇ 120万3431人の皆様へ―第4意地悪議員日記(パロディ社、1974)
◇ だから巨人ファンはバカなのだ(ごま書房、1976/01)
◇ なんだ勉強なんて(ポプラ社、1978/01)
◇ これで日本も安心だ―哀れな中年から幸せな若者へのメッセージ(ごま書房、1979/05)
◇ 面白生活白書―天下大変私は泰平!リッパなもんだよ日本人(主婦と生活社、1980/10)
◇ 人間万事塞翁が丙午(新潮社、1981/04) ISBN B000J7ZBOY
◇ 青島幸男の国会を話そうか―これで政治に強くなる(ダイヤモンド社、1981/02)
◇ 青島の意地悪議員日記(新潮社、1982/03)
◇ ノミの反乱(新潮社、1982/07)
◇ 蒼天に翔る(新潮社、1982/09)
◇ ぴいひゃらどんどん(新潮社、1983/01)
◇ ホントはどうなの…(毎日新聞社、1983/12)
◇ とまどいの日々(毎日新聞社、1985/04)
◇ 繁盛にほんばし弁菊(新潮社、1985/05)
◇ 極楽トンボ(文藝春秋、1986/02)
◇ 青島幸男の紋切り型辞典(ネスコ、1988/06)
◇ わかっちゃいるけど…―シャボン玉の頃(文藝春秋、1988/09)
◇ 青島幸男の金丸倒せ100万通大作戦(汐文社、1992/12)
◇ 青島幸男とたった七人の挑戦(徳間書店、1995/06)
◇ ドーンと都政じわじわ革命(ぎょうせい、1998/05)
◇ 青い島の幸せな男(晶文社、2004/5)
◇ ちょっとまった!青島だァ(岩波書店、2006/12)

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