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経団連の元会長  平岩外四 さん死去

2007年(平成19年)5月22日 死去 享年92歳

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経団連の元会長  平岩外四 さん死去

経団連の元会長で東京電力顧問の平岩 外四(ひらいわ がいし)さんが2007年(平成19年)5月22日午前10時56分、心不全のため 東京都内の病院で死去した。92歳だった。

経済審議会会長、運輸政策審議会会長、国会等移転審議会会長、宮内庁参与など多くの公職を歴任。1994年(平成6年)に勲1等旭日大綬章、2006年(平成18年)には桐花大綬章を受章した。葬儀は故人の遺志により密葬で行う。後日、「お別れの会」を開く。日時、場所、喪主は未定。

人物 / 略歴

平岩 外四(ひらいわ がいし、1914年8月31日 ~ 2007年5月22日)

愛知県常滑市出身。財界人。経営者。

東京電力会長、第7代日本経済団体連合会(経団連)会長(在任、1990年(平成2年)12月21日 - 1994年(平成6年)5月27日)。

財界随一の読書家でもあった。最晩年に城山三郎と共著で『人生に二度読む本』(講談社、2005年)を出版した。

◆ 略 歴

6歳で父親を亡くし、母親に育てられる。

一族から大学進学を反対されるが、母親が反対を押し切り、旧制第八高等学校を経て、東京帝国大学法学部へと進学させた。1939年(昭和14年)に大学を卒業。東京電灯(現在の東京電力)に入社した。

1941年(昭和16年)太平洋戦争で陸軍に召集される。配属されたニューギニア戦線でジャングルを敗走し、飢えと熱病のため、平岩のいた隊は107名中、最後には生存者7名という地獄の体験をする。この体験は、平岩に人生を達観させる契機となった。

終戦後、会社に戻り、1974年副社長を経て、1976年(昭和51年)10月東京電力社長に就任する。1984年(昭和59年)6月社長を退き、会長に就任。1993年に相談役に就く。

1977年以降、電気事業連合会会長、国家公安委員会委員、経済審議会会長、産業構造審議会会長、宮内庁参与に起用、なお参与は2006年5月まで務め、天皇・皇后の助言役を務めた。

1990年(平成2年)経団連会長に就任。

就任早々、証券金融スキャンダルを受けて経団連企業行動憲章を制定し、企業モラルの確立を図った。

また、バブル経済崩壊後の景気低迷を受けて、対日直接投資拡大、輸入促進ならびに輸入関連規制緩和のための緊急提言を行ったり、「アジア隣人会議」を開催してアジア経済の一体化、投資促進などを各国の経済界代表とともに話し合った。

1994年(平成6年)5月27日に会長職を退任し、名誉会長に。

2002年(平成14年)9月にはいったん退いたが、2006年(平成18年)4月に復帰した。

2007年(平成19年)5月22日午前10時56分、心不全のため都内の病院で死去。享年92歳没。

特記事項

2006年秋の叙勲にて桐花大綬章を受章。1987年に名誉大英帝国勲章KBE受勲。

没後、叙・従二位。

◆ 平岩外四 / 著作 ・ 共著

◇ 平岩外四 / 城山三郎『人生に二度読む本』 講談社 2009年 ISBN 4062764210
◇ 平岩外四 / 林繁之『安岡正篤 人生の法則』 致知出版社 2005年 ISBN 4884747097
◇ 鈴木治雄 / 伊藤淳二 / 諸井虔 / 平岩外四 / 橋口収 / 堤清二 『企業人の読書日記』図書出版社 1990年 ISBN 4809901491

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