追悼の森 =小田実さん死去=

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作家  小田 実 さん死去

2007年(平成19年)7月30日 死去 享年75歳

小田実写真  

作家  小田 実 さん死去

作家で平和反戦運動家として知られた 小田 実(おだ まこと)さんが2007年(平成19年)7月30日午前2時5分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。75歳だった。

今年4月に末期がんを発表し闘病生活を送っていた。1958年(昭和33年)にアメリカに留学し、南米や欧州、アジアなどを回って帰国。その旅の記録「何でも見てやろう」(1961年)は、ベストセラーとなり 世界を放浪する若者のバイブルになった。また、ベトナム戦争反対運動のリーダー格として活躍した。

人物 / 略歴

小田 実(おだ まこと、男性、1932年(昭和7年)6月2日 ~ 2007年(平成19年)7月30日)

大阪府大阪市出身。作家。政治運動家。

◆ 略 歴

旧制天王寺中学(のち大阪府立天王寺高等学校)に入学するが、学制改革により新制大阪府立夕陽丘高等学校に進学し、東京大学文学部言語学科を卒業する。

大学卒業後は代々木ゼミナールで英語科講師を勤めた。

1960年安保闘争の時期から、平和運動を開始する。

ベトナム戦争期は、「ベトナムに平和を!市民連合」(ベ平連)、「日本はこれでいいのか市民連合」を結成。

ソ連崩壊により、KGBから資金的・物理的援助を受けていたことを裏付けるソ連側の機密文書が公開され、その歴史的評価が大きく下がることとなった。

「マルクス主義における党組織論は、カトリックと似ている」、「マルクス主義者は真理を独占していると考えているが、人間の行動の動機は、財産欲による場合よりも性欲による場合が多い」などと述べている。

代々木ゼミナールの講師として、大学浪人中だった辻元清美を、左翼運動界へとスカウトした。

2007年7月30日午前2時5分、胃がんのため東京都内の病院で死去した。享年75歳。

特記事項

妻は画家の玄順恵。九条の会の呼びかけ人の一人。

◆ ソ連共産党の機密文書の公開 / KGBからの援助

1991年(平成3年)のソビエト連邦の崩壊のさい、ベ平連がKGBから資金的・物理的援助を受けていたというソ連共産党の機密文書が公開された。

公開されたソ連共産党機密文書(英訳版)には、窓口として小田実と吉川勇一の実名が書かれていた。

のちに吉川勇一は共同通信記者、春名幹男の取材に対し、「(ソ連大使館の)参事官や一等書記官と会ったが、恐らく、全員がKGB要員だった」「脱走兵の日本脱出に事実上の援助を与えてくれるところなら、KGBだろうがスパイだろうが手を借りたいという気持ちだった」とソ連政府との接触と援助の授与を認めたが、小田実は生涯この事実を認めなかった。

◆ 小田 実 / 作家活動

これまで多くの小説、評論、エッセイを出しており、中でも代表作である1961年(昭和36年)の『何でも見てやろう』(河出書房新社)は多くの若者達に支持され、当時のベストセラーとなった。

◇ 1988年(昭和63年) - 『HIROSHIMA』でチュニスでのアジア・アフリカ作家会議によりロータス賞。
◇ 1997年(平成9年) - 短編「『アボシ』を踏む」で川端康成文学賞をそれぞれ受賞した。

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