追悼の森 =赤塚不二夫さん死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】 著名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】  著名人訃報一覧 2008年 著名人訃報一覧 Ver.16
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

漫画家  赤塚不二夫 さん死去

2008年(平成20年)8月2日 死去 享年72歳

赤塚不二夫写真  

漫画家  赤塚不二夫 さん死去

漫画「天才バカボン」や「おそ松くん」などで知られた人気漫画家の 赤塚 不二夫(あかつか ふじお)さんが2008年(平成20年)8月2日午後4時55分、肺炎のため東京都文京区の順天堂医院で死去した。72歳だった。

1997年(平成9年)に吐血し 翌年3月に食道がんを公表し摘出手術を受けたが、その後も急性硬膜下血腫や脳内出血などの病気を併発し 入退院を繰り返していた。2004年(平成16年)からは意識不明に陥り 植物状態にあったという。葬儀、告別式などは未定。喪主は長女のりえ子さん。

人物 / 略歴

赤塚 不二夫(あかつか ふじお、1935年9月14日 ~ 2008年8月2日)

旧満州国熱河省(現:中国東北部)に生まれる。本名は赤塚 藤雄。 漫画家。

1956年に貸本漫画『嵐をこえて』でデビュー。その後石森章太郎を慕い、トキワ荘に入居。以後作品発表の舞台を漫画雑誌に移し、1962年に『ひみつのアッコちゃん』、『おそ松くん』のヒットで一躍人気作家となる。

◆ 略 歴

満州国熱河省に生まれ、6人兄弟の長男として育つ。

赤塚が10歳の時、第二次世界大戦終戦。父親は終戦直前に赤軍によってソビエト連邦へ連行され、裁判にかけられることとなった。

残された家族は1946年(昭和21年)に奉天から母の故郷の奈良県大和郡山市に引き揚げた。

帰国までに妹(次女)の綾子はジフテリアにより死去し、弟は他家へ養子に出されたため、日本に帰還する頃には兄弟は半数となった。

死んだ次女の名を継いだ生後6か月の妹・綾子も、母の実家に辿りついた直後に栄養失調のため死去。

12歳の時に『ダイヤモンド島』というSF長編漫画を描き、大阪の三春書房という出版社へ最初の持ち込みを行った。

1949年(昭和24年)、父親が帰国。父の故郷の新潟県新潟市に移り中学校を卒業後、金銭的な問題のために高校への進学は断念。

映画の看板を制作する市内の看板屋に就職した。仕事柄あらゆる映画を鑑賞することとなり、バスター・キートンやチャーリー・チャップリンの喜劇に感銘を受けた。同時に『漫画少年』への投稿も始めた。

◆ トキワ荘時代

18歳の時に上京。東京都江戸川区の化学工場に勤務しながら『漫画少年』へ投稿を続けた。

1956年(昭和31年)、曙出版から描き下ろし単行本『嵐をこえて』でデビュー。

その後、上京した石ノ森章太郎を手伝う形で鈴木伸一や藤子不二雄らのいた豊島区のトキワ荘に移り、第二次新漫画党の結成に参加する。

1961年、最初の妻・登茂子との結婚のためにトキワ荘を退去。

◆ フジオプロ設立

1962年(昭和37年)、『週刊少年サンデー』で「おそ松くん」、『りぼん』で「ひみつのアッコちゃん」の連載を開始し、一躍人気作家となる。

1964年(昭和39年)、『おそ松くん』で第10回(昭和39年度)小学館漫画賞受賞。

1965年(昭和40年)、長谷、古谷三敏、横山孝雄、高井研一郎等と東京都新宿区十二社にフジオ・プロダクションを設立。

この年に長女のりえ子が誕生。

また1963年に、トキワ荘時代の仲間が設立したアニメーション製作会社のスタジオ・ゼロに参加。1966年(昭和41年)には『おそ松くん』がスタジオ・ゼロ製作により毎日放送・NET(現:テレビ朝日)系でテレビアニメ化された。

1967年(昭和42年)、『週刊少年マガジン』(講談社)にて「天才バカボン」を発表。天才ギャグ作家として時代の寵児となる。

1969年(昭和44年)に『ひみつのアッコちゃん』『もーれつア太郎』、1971年(昭和46年)に『天才バカボン』と、代表作が相次いでテレビアニメ化された。

以後2010年現在までに『天才バカボン』は4度、『ひみつのアッコちゃん』は3度、『おそ松くん』『もーれつア太郎』が2度にわたりテレビアニメ化されている。

1972年(昭和47年)、『天才バカボン』で文藝春秋漫画賞を受賞。

◆ 晩 年 / 闘病生活

1987年(昭和62年)、多忙を極める中アルコール依存症に陥っていた赤塚のサポートを、別れた最初の妻・登茂子が勧めたことにより、眞知子夫人と結婚。結婚記者会見には登茂子とりえ子も同席した。

以後入退院を繰り返すも依存症から回復せず、このため1994年(平成6年)、長年アイデアブレーンとして赤塚を支えてきた長谷がやむなくフジオプロを脱退した。1998年に食道がんが見つかってからも酒は手放さなかったという。

1997年(平成9年)、第26回日本漫画家協会賞文部大臣賞を受賞。1998年(平成10年)、紫綬褒章を受章。

2000年(平成12年)4月、硬膜下血腫で手術。

8月、点字の漫画絵本『赤塚不二夫のさわる絵本“よーいどん!”』を発表。

2002年(平成14年)には点字絵本の第2弾『赤塚不二夫のさわる絵本“ニャロメをさがせ!”』を発表。

2002年4月、検査入院中に脳内出血を起こし倒れ、一切の創作活動を休止。

2003年(平成15年)、妻の尽力により青梅市に青梅赤塚不二夫会館を設立。館内には幼少時、漫画家になることを決意させるきっかけとなった映画「駅馬車」の看板も飾られている。

2006年(平成18年)7月、赤塚を看病してきた妻の眞知子がクモ膜下出血のため56歳で急逝。

2年後の2008年(平成20年)8月2日午後4時55分、肺炎のため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院で死去した。72歳没。

赤塚は2004年から意識不明のまま植物状態にあったという。

また赤塚の死去の3日前の7月30日に、最初の妻であり、りえ子の母である登茂子が死去していた事が後に報じられた。

特記事項

1967年に『天才バカボン』がヒットし「ギャグまんがの王様」と謳われた。

◆ 赤塚 不二夫 / 作品リスト(連載作品)

◇ くらやみの天使 (1958年-1959年、少女クラブ)U・マイア(石森章太郎、水野英子との合作)名義
◇ ナマちゃん (1958年-1963年、漫画王)
◇ まつげちゃん (1958年-1961年、ひとみ)
◇ まりっぺ先生 (1959年、りぼん)
◇ おハナちゃん (1960年-1961年、少女クラブ)
◇ ハッピィちゃん (1960年-1961年、りぼん)
◇ トンネルチーム (1960年-1961年、たのしい四年生)
◇ おカズちゃん (1960年-1961年、たのしい五年生)
◇ がんばれマミちゃん (1960年、なかよし)
◇ ホームラン教室 (1960年-1961年、冒険王)原作:高垣葵、初回は石森章太郎との合作
◇ あらマアちゃん (1960年-1961年、なかよし)
◇ ボクはなんでもしっている (1961年-1962年、たのしい五年生)
◇ カン太郎 (1961年、冒険王)
◇ ママなにしてるの (1961年、たのしい三年生)
◇ キツツキ貫太 (1961年、週刊少年マガジン)
◇ まつげちゃん (1961年、りぼん)
◇ おそ松くん (1962年-1969年、週刊少年サンデー) - 1967年からは月1連載
◇ (1972年-1973年、週刊少年キング)
◇ (1987年-1990年、コミックボンボン)
◇ オーちゃんと11人のなかま (1962年-1963年、たのしい五年生)
◇ ジンクスくん (1962年-1963年、中一コース)
◇ ひみつのアッコちゃん (1962年-1965年、りぼん)
◇ 青い目の由紀 (1962年、少女クラブ)
◇ すすめ! ケン太郎 (1962年、漫画王)
◇ カン太郎 (1962年、冒険王)
◇ おた助くん (1963年-1965年、小学四年生)
◇ アイ・アム・ア・トランジスターボーイ (1963年-1964年、中一コース)
◇ サーカス☆ジン太 (1963年-1964年、冒険王)
◇ まかせて長太 (1963年-1965年、少年)
◇ カン太郎 (1964年-1965年、少年ブック)
◇ メチャクチャ No.1 (1964年-1968年、冒険王)
◇ そんごくん (1964年-1965年、小学四年生)
◇ ケンちゃん (1964年-1965年、朝日新聞日曜版)
◇ しびれのスカタン (1965年-1968年、少年画報)画:長谷邦夫
◇ そんごくん (1965年、小学五年生)
◇ $ちゃんとチビ太 (1965年-1966年、少年ブック)
◇ なんでもやろうアカツカくん (1965年、少年ブック)
◇ おた助・チカちゃん (1965年-1966年、小学四年生)
◇ ジャジャ子ちゃん (1965年-1967年、少女フレンド)
◇ 過激派七年生 (1965年、別冊漫画サンデー)
◇ ユー・ラブ・ミー君 (1965年-1966年、平凡)
◇ いじわる教授 (1965年、ボーイズライフ)
◇ キビママちゃん (1965年-1966年、りぼん)
◇ スリラー教授 (1966年、ボーイズライフ)
◇ 怪盗1/2面相 (1966年、少年ブック)
◇ 中一コースケ (1966年、中一コース)
◇ いじわる一家 (1966年、少女フレンド)
◇ 赤塚不二夫のガンバリまショー (1967年、少年ブック)
◇ ミータンとおはよう (1967年、りぼん)
◇ スリラー一家 (1967年、少女フレンド)
◇ 天才バカボン (1967年-1969年、週刊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1967年-1969年、別冊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1969年-1970年、週刊少年サンデー)
◇ 天才バカボン (1969年-1970年、デラックス少年サンデー)
◇ 天才バカボン (1971年、ぼくらマガジン)
◇ 天才バカボン (1971年-1975年、週刊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1971年-1975年、月刊テレビマガジン)赤塚不二夫とフジオ・プロ名義
◇ 天才バカボン (1975年-1978年、月刊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1975年-1976年、週刊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1987年-1989年、コミックボンボン)
◇ 天才バカボン (1988年-1989年、月刊少年マガジン)
◇ 天才バカボン (1989年-1991年、月刊ヒーローマガジン)
◇ 元祖天才バカボン (1975年-1977年、月刊テレビマガジン)
◇ 平成天才バカボン (1990年-1991年、コミックボンボン)
◇ 平成天才バカボン (1991年-1992年、デラックスボンボン)
◇ 天才バカボンのおやじ (1969年-1973年、週刊漫画サンデー)作画協力:古谷三敏
◇ 天才バカボンのパパ (1973年、まんがNo.1)
◇ スリラー教授 (1967年、ボーイズライフ)
◇ ハレハレ学園 (1967年、中一コース)
◇ たまねぎたまちゃん (1967年-1969年、小学一年生)
◇ へんな子ちゃん (1967年-1968年、りぼん)
◇ テッちゃんただいまケンカ中 (1967年、少女フレンド)
◇ もーれつア太郎 (1967年-1970年、週刊少年サンデー)
◇ もーれつア太郎 (1990年-1991年、コミックボンボン)
◇ ヒッピーちゃん (1967年-1968年、少女フレンド)
◇ 荒野のデクの棒 (1968年、週刊少年キング)作画協力:古谷三敏(フルヤプロ名義)
◇ なんでもヤリます (1968年、週刊漫画サンデー)高井研一郎との合作
◇ 花のデコっ八 (1968年、週刊少年サンデー増刊)
◇ われら8(パー)プロ (1968年、週刊少年キング)作画協力:古谷三敏(フルヤプロ名義)
◇ パア助くん (1968年-1969年、小学二年生)
◇ 二代目社長 一郎くん (1968年-1969年、小学四年生)
◇ ひみつのアッコちゃん (1968年-1969年、りぼん)
◇ ひみつのアッコちゃん (1988年-1989年、なかよし)
◇ まんが大学院 (1969年、少年ブック)
◇ にわとり一家 (1969年、週刊少年キング)
◇ SOSエンチャカ丸 (1969年、小学四年生)
◇ やってきた(おいら)ズル長 (1969年、少年ジャンプ)
◇ ハレンチ名作シリーズ (1969年、りぼんコミック)
◇ 赤塚ギャグ笑待席 (1969年、少年ジャンプ)長谷邦夫・古谷三敏・とりいかずよしとの交互制作
◇ おれはゲバ鉄 (1970年、週刊少年ジャンプ)
◇ 風のカラッペ (1970年-1971年、週刊少年キング)画:佐々木ドン
◇ ギャグ+ギャグ (1970年、週刊少年サンデー)
◇ ぶッかれ※ダン (1970年-1971年、週刊少年サンデー)
◇ 死神デース (1970年-1971年、ぼくらマガジン)
◇ 狂犬トロッキー (1971年、週刊少年マガジン)シナリオ:滝沢解、作画協力:さいとうあきら
◇ ハタ坊 (1971年、赤旗日曜版)
◇ くりくりくりちゃん (1971年-1972年、幼稚園)
◇ おれはバカラス (1971年、週刊少年キング)画:佐々木ドン
◇ レッツラゴン (1971年-1974年、週刊少年サンデー)
◇ ワルリーマン (1971年-1972年、東京タイムズ)
◇ にちようパパ (1971年-1972年、東京タイムズ日曜版)
◇ ケムゴロー (1971年-1972年、小学四年生)
◇ 名人 (1971年-1973年、リイドコミック)
◇ ワンペイ (1972年、赤旗日曜版)
◇ クロッケくん (1972年-1973年、小学四年生)
◇ はくち小五郎 (1972年-1974年、冒険王)
◇ ギャグゲリラ (1972年-1982年、週刊文春)
◇ くそババア!!(1972年-1973年、まんがNo.1)原作:滝沢解
◇ ワンペイモウチャン (1972年-1973年、赤旗日曜版)
◇ スケ番ケロ子 (1973年、週刊少年チャンピオン)
◇ 歌謡曲シリーズ (1973年、月刊明星)
◇ ニャロメ (1973年-1974年、リイドコミック)
◇ ギャグギゲギョ (1974年、週刊少年キング)山田一郎名義
◇ おいらダメ高 (1974年、高二コース)
◇ 少年フライデー (1974年-1975年、週刊少年サンデー)
◇ 天才バカボン (1974年-1975年、別冊少年マガジン)
◇ オッチャン (1974年-1975年、週刊少年キング)
◇ ワルワルワールド (1974年-1975年、週刊少年チャンピオン)
◇ おまわりさん (1974年、全電通文化)
◇ つまんない子ちゃん (1975年-1976年、月刊プリンセス)
◇ ニャンニャンニャンダ (1975年-1976年、冒険王)
◇ B.C.アダム (1975年、週刊少年マガジン)
◇ のらガキ (1975年-1976年、週刊少年サンデー)
◇ オッチャン PARTII (1975年-1976年、週刊少年キング)
◇ ラクガキ (1975年、読売新聞日曜版)※月一連載
◇ 四畳半の西日 (1975年、新潟日報)
◇ ひさし・不二夫の漫画全集 (1976年、週刊小説)
◇ わんぱく天使 (1976年-1977年、月刊プリンセス)
◇ 母ちゃんNo.1 (1976年-1977年、週刊少年サンデー)
◇ コングおやじ (1976年-1977年、週刊少年キング)
◇ タトルくん (1976年、マンガくん)
◇ 建師ケン作 (1977年、週刊少年マガジン)原作:牛次郎、協力:さいとうあきら
◇ 怪球マン (1977年-1978年、どっかんV)
◇ 不二夫のギャグありき (1977年、週刊少年サンデー)
◇ ハウスジャックナナちゃん (1977年、週刊少年マガジン)原作:筒井康隆(「家族八景」)
◇ あんたが名人 (1977年、月刊コミック野郎)
◇ おバカさん (1978年、週刊少年マガジン)原作:遠藤周作
◇ アニマル大戦 (1978年、週刊少年キング)
◇ ちびママ (1978年-1979年、どっかんV)
◇ アニメまんが (1978年、アニメージュ)
◇ ニャロメの研究室 (1978年、コスモコミック)
◇ ギャグランド (1979年、リイドコミック)
◇ モンスター13番地 (1979年、少年チャレンジ)
◇ おじさんはパースーマン (1979年-1981年、小学五年生)
◇ ロメオとジュリー (1980年、少年チャレンジ)
◇ チビドン (1980年-1981年、月刊コロコロコミック)
◇ キャスター (1980年-1981年、ポップコーン)
◇ パパッチ先生 (1980年-1981年、少年少女新聞)
◇ なんじゃらママ (1980年、少年チャレンジ)
◇ 乙女座★虎右衛門 (1981年、週刊ヤングジャンプ)
◇ 花の菊千代 (1981年-1982年、月刊コロコロコミック)
◇ 四谷H (1981年、少年ジェッツ)
◇ 赤塚不二夫のギャグ・フォトランド (1981年-1982年、ショートショートランド)
◇ 不二夫のワルワル・ワールド (1982年-1983年、別冊コロコロコミック)
◇ 赤塚不二夫の文学散歩 (1983年-1985年、オール讀物)
◇ 松尾馬蕉 (1983年、平凡パンチ)
◇ 週刊スペシャル小僧! (1983年-1984年、週刊少年チャンピオン)
◇ TOKIOとカケル (1985年、週刊少年チャンピオン)
◇ トキワ荘グループ テーマ競作選 (1985年-1986年、コミックWOO)
◇ 「大先生」を読む。 (1986年-1989年、ビッグコミックオリジナル)
◇ 大日本プータロー一家 (1990年-1991年、コミックボンボン)
◇ へんな子ちゃん (1990年-1994年、週刊女性)
◇ ギャグ屋 (1991年、週刊現代)
◇ MR・マサシ (1991年-1992年、コミックボンボン)
◇ そんごくん (1992年、デラックスボンボン)
◇ ネコの大家さん (1993年-1994年、デラックスボンボン)
◇ 母ちゃんNo.1 (1994年-1995年、デラックスボンボン)
◇ 下落合シネマ酔館 (1994年-1996年、ビッグゴールド)赤塚不二夫&やまさき十三名義。映画について語る対談連載
◇ バカボン線友録 (1995年、スポーツニッポン)
◇ 赤塚不二夫のアニマルランド(1995年、まんがジャパンダ)

◆ A Related Words :
赤塚不二夫 キャラクター/赤塚不二夫 タモリ/赤塚不二夫記念館/赤塚不二夫さんがなくなった時のタモリさんの弔辞/赤塚不二夫 アパート/赤塚不二夫笑店/赤塚不二夫 グッズ/赤塚不二夫 イラスト/赤塚不二夫 ドラマ/赤塚不二夫 手帳/赤塚不二夫 作品/赤塚不二夫 タモリ 弔辞/赤塚不二夫 伝説/赤塚不二夫 展/赤塚不二夫 銀座/赤塚不二夫 プロフィール/赤塚不二夫 略歴

Page Top

スマートフォン / PC サイト