追悼の森 =荒勢永英さん死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】 著名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】  著名人訃報一覧 2008年 著名人訃報一覧 Ver.17
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

元大相撲関脇  荒勢永英 さん死去

2008年(平成20年)8月11日 死去 享年59歳

荒勢永英写真  荒勢永英訃報

訃報サイト

元大相撲関脇  荒勢永英 さん死去

大相撲で活躍した元関脇荒勢の 荒勢 永英(あらせ ながひで)さんが2008年(平成20年)8月11日午前5時54分、急性心不全のため高知市内の病院で死去した。59歳だった。

今年4月に脳梗塞で倒れ、実家のある高知県で療養していた。がぶり寄りとトレードマークのもみあげで知られ、1981年(昭和56年)秋場所で引退後、年寄「間垣」を襲名した。その後 タレントとしても活躍した。葬儀は13日、高知県いの町波川のハートホーム紬で。喪主は母の孝子さん。

人物 / 略歴

荒勢 永英(あらせ ながひで、1949年6月20日 ~ 2008年8月11日)

高知県吾川郡伊野町(現在のいの町)出身。本名は荒瀬 英生(あらせ ひでお)。元大相撲力士。

エイビープロモーションに所属していた元タレントである。芸名は荒勢(あらせ)。

力士時代は花籠部屋に在籍し、最高位は東関脇(1977年9月場所~1978年1月場所、1980年5月場所)。大相撲時代の体格は身長178cm、体重151kg。得意手は右四つ、寄り。公認候補者として所属した自由連合では、組織委員会文化スポーツ局次長を務めた。

◆ 略 歴

実家は農家。高知中学校在学時より相撲を始め高知高校、日本大学と相撲部で活躍。

大学卒業を目前にした1972年1月に花籠部屋へ入門し同月、幕下付出で初土俵を踏んだ。当初の四股名は本名の「荒瀬」。

以来一度の負け越しも無く、1973年7月場所に24歳で入幕を果たした。

右四つからの激しいがぶり寄りが特徴で、もみ上げも個性的でいごっそうを連想させる人気力士の1人であった。

全盛期は1977年からの約2年間で、その間8場所連続三役を務めたこともあった。しかし三役での大勝ちが少なかった(10勝以上は、11勝4敗を挙げた1977年9月場所のみ)こともあり、「大関獲り」は夢に終わった。

現役晩年は右膝を故障して十両に下がり、西十両7枚目で途中休場した1981年9月場所限り32歳で引退。

場所後、年寄・間垣を襲名し花籠部屋の部屋付き親方となったが1983年2月、引退した二所ノ関一門の横綱・2代若乃花に名跡を譲渡して廃業。以降はタレントに転向してテレビ、CMなどで活躍した。

その後2008年4月に脳梗塞で倒れ、実家のある高知県で療養していた。2008年8月11日、急性心不全のため死去。59歳没。

特記事項

2001年には自由連合から比例代表で第19回参議院議員通常選挙に出馬したが、2.711票しか獲得できず落選した。

◆ 荒勢 永英 / 主な成績

◇ 現役在位:59場所
◇ 通算成績:420勝414敗11休 勝率.504
◇ 幕内在位:48場所(うち関脇9場所、小結5場所)
◇ 幕内成績:351勝367敗2休 勝率.489
◇ 三賞:殊勲賞1回(1974年5月場所)、敢闘賞2回(1974年9月場所、1975年3月場所)、技能賞1回(1977年9月場所)
◇ 金星:2個(琴櫻1個、北の湖1個)

◆ 荒勢 永英 / 主な出版

◇ 『学士・荒勢のおすもうゼミナール』(シンコーミュージック、1983年)
◇ 『荒勢の温泉めぐり』(ケント出版、1987年)
◇ 『荒勢のうっちゃり放談―誰も語らなかった相撲界の内側と力士の素顔』(池田書店、1988年)

◆ A Related Words :
荒勢永英 写真/荒勢永英 画像/荒勢永英 家族/荒勢永英 結婚/荒勢永英 プロフィール/荒勢永英 略歴

Page Top

スマートフォン / PC サイト