追悼の森 =清水由貴子さん死去=

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元タレント  清水由貴子 さん死去

2009年(平成21年)4月21日 死去 享年49歳

清水由貴子写真  

元タレント  清水由貴子 さん死去

元タレントの 清水 由貴子(しみず ゆきこ)さんが2009年(平成21年)4月21日午後1時30分頃、静岡県駿東郡小山町の冨士霊園内の家族の墓の前で、黒いポリ袋を頭にかぶって倒れているのを霊園の職員に発見され病院に救急搬送されたがその後、死亡が確認された。49歳だった。

死因は硫化水素中毒とみられ、近くで遺書が発見された。隣には意識不明の母親が車椅子に座っていた。2006年(平成18年)に母親の介護を理由に芸能界を引退していた。

人物 / 略歴

清水 由貴子(しみず ゆきこ、本名同じ、1959年9月7日 ~ 2009年4月20日)

東京都出身。歌手、女優、タレント。

◆ 略 歴

1976年2月18日(放映は同年3月14日)、NTVのオーディション番組『スター誕生!』の第16回決戦大会でイルカの『なごり雪』を歌い、14社ものプロダクション、レコード会社から獲得の意思を表明するプラカードが上がり、同じくこの決戦大会で合格し、のちにピンク・レディーとなる根本美鶴代と増田恵子の二人組をおさえて最優秀賞(グランドチャンピオン)に輝いた。

合格から1年後の1977年3月1日、『お元気ですか』でCBS・ソニーから歌手デビューした。

当時盛んだった賞レースにおいても数多くの新人賞を獲得し、同期デビューで仲の良かった榊原郁恵・高田みづえと共に「フレッシュ三人娘」と呼ばれていた。

しかし第19回日本レコード大賞の新人賞では、この内の一人だった榊原郁恵と最後の1枠を巡っての決選投票となり、最終的にわずか1票差で受賞を逃すという皮肉な結果となった。

歌手としてはシングル10枚、アルバムを2枚リリース。1985年、RCAレコードへ移籍し、単独名義では6年ぶりのシングル「いつか秋」が最後のリリースとなった。

萩本欽一関連の番組に出演していることから「欽ちゃんファミリー」の1人として名前が挙げられることも多かった。また、80年代末から90年代前半にかけてオンエアされたヤクルトの主演CMは、トータルで15本あまりのシリーズが制作され、気の強い母親役を演じて好評を博した。

1990年代に入ると、情報番組のレポーターとしてのテレビ出演も多くなり、後に「徹子の部屋」に出演した際には、レポーターの仕事で得た知識が自分の家を建てるときに非常に役に立ったと語っている。

またこの時期、「噺家カミサン繁盛記」での主演、NHK朝の連続テレビ小説「春よ、来い」のレギュラー、他数多くの2時間ドラマに出演。2000年には「フジテレビ、今世紀最後の昼ドラ」(制作は東海テレビ)と銘打った「幸福の明日」で、子供の取り違えに苦悩する主人公を好演、女優としての幅を広げた。

2006年、「母親の介護をメインにしていきたい」という本人の希望により、デビュー以来所属していた芸映から独立する。

事務所独立後は、長年レギュラーを務めていた地方局制作の情報番組のみを残し、それ以外の仕事は引き受けないというスタンスで芸能活動を続けていたが、2007年9月、番組のリニューアルに伴う降板をもって、芸能界から完全に引退した。

◆ 清水 由貴子 突然の自殺

2009年4月20日、静岡県駿東郡小山町の冨士霊園にある父親の墓前で死亡。硫化水素が充満した黒いポリ袋を、顔に被せた状態で自殺しているのが見つかった。49歳没。死亡時刻は20日午後5時頃。

当時要介護度5の母親が車椅子に座った状態で傍らに残されており、一時意識を失っていたが、命に別状はなかった。

遺書に書かれた「東京では葬儀をあげないで下さい」という遺志通り、4月24日に同県御殿場市で密葬が営まれ、相本久美子・角川博・櫻井淳子・黒部幸英・八波一起らが参列した。戒名は介護を続けた母への愛情に満ちた人生を意味する「慈孝由和清大姉(じこうゆうわせいだいし)」。

特記事項

一命を取り留めた清水さんの実母は、翌2010年9月17日に東京都内の病院で79歳で亡くなっている。

◆ 清水由貴子 / ディスコグラフィー

◇ お元気ですか(作詞:阿久悠、作・編曲:三木たかし) 1977年3月1日
◇ 明日草(作詞:阿久悠、作曲:三木たかし、編曲:萩田光雄) 1977年7月1日
◇ ほたる坂(作詞:阿久悠、作・編曲:三木たかし) 1977年10月10日
◇ 天使ぼろぼろ(作詞:阿久悠、作・編曲:三木たかし) 1978年2月25日
◇ 多感日記(作詞:阿久悠、作・編曲:三木たかし) 1978年6月1日
◇ 歌を重ねて(作詞・作曲:阿部敏郎、編曲:福井峻) 1978年9月1日
◇ 神様・なぜ愛にも国境があるの!(作詞:草鹿宏、作曲:都倉俊一、編曲:萩田光雄) 1978年12月5日
◇ 言問橋(作詞:喜多條忠、作曲:水谷公生、編曲:瀬尾一三) 1979年9月21日
◇ 銀座の雨の物語(作詞:阿久悠、作曲:南こうせつ、編曲:井上鑑) 1983年9月21日 小西博之とのデュエット
◇ いつか秋(作詞:杉紀彦、作曲:森田公一、編曲:馬飼野俊一) 1985年9月21日

◆ 清水由貴子 / 出演CM

◇ 味の素「マリーナ」(1977年)
◇ 紀文「かまぼこ」(1983年)
◇ 三菱電機「タイムズスクエア-TV」(1984年)
◇ カシオ「弾けますト~ン」(1984年)
◇ 野崎かまぼこ(1985年)
◇ カルビー「かっぱえびせん」(1985年)
◇ ヤクルト「ヤクルト」(1987年~1993年)※ ACC賞(6回)、ACCスポット賞授賞。※ 1995年度ビデオリサーチ・ヒットCMランキング 第2位
◇ ライオン「ディスポ、ピロフィックス、キッチンブライト」(1989年~1996年)
◇ 小林製薬 「こんがり魚焼き」(1993年)
◇ 全国建設労働組合「ポスター」(1995年)
◇ ナショナル住宅産業(1996年)
◇ NTTドコモ九州(「分け合えるのはドコモだけ」)(2005年)

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