追悼の森 =速水優さん死去=

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元日銀総裁  速水 優 さん死去

2009年(平成21年)5月16日 死去 享年84歳

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速水 優 さん死去

元日銀総裁で、世界でも例のなかったゼロ金利政策や量的金融緩和策を実行した 速水 優(はやみ まさる)さんが2009年(平成21年)5月16日未明、死去した。84歳だった。

強い円が日本経済を強くすると主張する「円高論者」として知られた。円高は輸出国である日本経済にはマイナスとの考え方が多い中、たびたび批判されたが、構造改革の必要性を訴え続けた。敬虔なクリスチャンでもあった。葬儀、告別式は近親者のみで行う。

人物 / 略歴

速水 優(はやみ まさる、1925年3月24日 ~ 2009年5月16日)

兵庫県神戸市出身。日本の銀行家。

称号は名誉法学博士(LLD・聖学院大学)。

日商岩井株式会社社長、社団法人経済同友会代表幹事、学校法人東京女子大学理事長、第28代日本銀行総裁などを歴任した。

◆ 略 歴

東京府立第六中学校(現:東京都立新宿高等学校)卒業後、1942年に東京商科大学予科(現:一橋大学)入学。5ヶ月間の軍務等を経て、1947年9月に東京商科大学を卒業(木村元一ゼミナール)。

同年に日本銀行に入行し、主として国際畑中心に地歩を築いていった。同行理事にまで上り詰めた後、1981年に同行を退職。妻の閨閥関係もあって、日商岩井(現・双日)に専務取締役として招かれる。その後、1984年に同社社長、1987年には同社会長に就任。

一連の大蔵省・日銀スキャンダルの責任を負って1998年、当時の日本銀行総裁松下康雄と同副総裁福井俊彦が退任。

内閣総理大臣橋本龍太郎から日本銀行の後継総裁としての指名を受け、世間を驚かせた。総裁就任にあたっては保有していた日商岩井株をすべて財団に寄付している。

1998年3月に日銀総裁に就任。同年4月1日に日銀の独立性が強化された改正日本銀行法が施行され、改正日銀法下初の総裁となった。

在任中は日本銀行の独立性を高めることに全力を傾注。新日銀法及び人事権の独立を勝ち取った。

1999年2月、ゼロ金利政策を導入。2000年8月、これを解除。2001年に再びゼロ金利政策に復帰した。同年3月からは量的金融緩和政策を実施した。

クリスチャンとして知られ、キリスト教系の国際基督教大学理事、東京女子大学理事長等を務め、日銀総裁退任後の2003年からは学校法人聖学院名誉理事長、聖学院大学全学教授を務めた。同年聖学院大学名誉法学博士(LLD)の称号を受ける。2005年第36回キリスト教文化功労賞顕彰。

2009年5月16日、三鷹市の杏林大学医学部付属病院で呼吸不全の為に逝去。84歳没。

特記事項

父は元三菱銀行職員 速水量平。妻 きみは、日商(現:双日)設立者で元貿易庁長官等を務めた永井幸太郎の娘。数学者の速水謙(国立情報学研究所教授)は息子。文化人類学者の速水洋子(京都大学東南アジア研究所教授)は娘。

◆ 速水 優 / 著書

◇ 『海図なき航海―変動相場制10年』(東洋経済新報社 1982年)
◇ 『円が尊敬される日』(東洋経済新報社 1995年)
◇ 『中央銀行の独立性と金融政策』(東洋経済新報社 2004年)
◇ 『強い円 強い経済』(東洋経済新報社 2005年)

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