追悼の森 =石本美由起さん死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】 著名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】  著名人訃報一覧 2009年 著名人訃報一覧 Ver.21
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

作詞家  石本美由起 さん死去

2009年(平成21年)5月26日 死去 享年85歳

石本美由起写真  

作詞家  石本美由起 さん死去

「憧れのハワイ航路」や「悲しい酒」など約4000曲の歌謡曲を世に送り出した作詞家の 石本 美由起(いしもと みゆき)さんが2009年(平成21年)5月27日午前0時50分、心不全のため神奈川県横浜市内の病院で死去した。85歳だった。

人気歌手の代表作を多く手掛け、作曲家の船村徹さんとの名コンビでも知られる。1983年(昭和58年)には「矢切の渡し」、翌年1984年には「長良川艶歌」で日本レコード大賞を受賞した。葬儀は近親者で行う。喪主は長男の望美(のぞみ)さん。

人物 / 略歴

石本 美由起(いしもと みゆき、1924年2月3日 ~ 2009年5月27日 )

広島県大竹市出身。 本名は美幸。 作詞家。

◆ 略 歴

幼少から喘息を患い、家に閉じこもるような生活を送る。そばにある文学は全て読んだが、なかでも北原白秋やゲーテを読みふけった。

1944年、海軍大竹海兵団に入隊するが、すぐ体調を崩して病院に入る。慰問に来た東海林太郎の歌声に兵士たちが瞳を輝かせるのを見て、歌の魅力を知った。

戦後、作詞を始め、夢中になった白秋の詩『思い出』の中の一篇「ザボンのかげ」からインスピィレーションを得て「長崎のザボン売り」という詩を書き、同人誌に投稿すると、作曲家江口夜詩の目にとまり、1948年に小畑実の歌でレコード発売され大ヒットした。

1950年暮れ、東京に住まいを移し、キングレコードの専属となって作詞家としてのスタートを切る。

翌1951年、作曲家上原げんとに見込まれ共にコロムビアレコードに移ったことで、上原をはじめ古賀政男、船村徹、市川昭介らの作曲家とコンビを組み、美空ひばり、島倉千代子、都はるみらの楽曲を手がける。

特に美空ひばりには、大ヒットとなる「ひばりのマドロスさん」、「港町十三番地」、「哀愁波止場」、「悲しい酒」、「人生一路」などの詞を提供し、ひばり伝説の一翼を担った。美空ひばりには約200作を提供。他に遠藤実らとこまどり姉妹のデビュー「浅草姉妹」等も手がけている。

晩年は糖尿病に悩まされた。2009年5月27日午前零時50分、病気のため横浜市内の病院にて逝去。85歳没。法名は「慧楽院釋醇美」。

特記事項

総作詞作品は3500曲以上にも及び、作詞界の大御所的存在で、上記以外の代表曲には、故郷の窓から遠い空を想い続けた少年の日を思い出して書いたという多くの作品がある。

◆ 石本美由起 / その他の主な作品

◇ 「憧れのハワイ航路」
◇ 「薔薇を召しませ」
◇ 「陽気なハーモニカ娘」
◇ 「こんなアベック見たことない」
◇ 「渡り鳥いつ帰る」
◇ 「逢いたかったぜ」
◇ 「東京の人さようなら」
◇ 「逢いたいなァあの人に」
◇ 「浅草姉妹」
◇ 「ソーラン渡り鳥」
◇ 「十国峠の白い花」
◇ 「おんなの海峡」
◇ 「大ちゃん数え歌」(アニメ「いなかっぺ大将」主題歌)
◇ 「長良川艶歌」(日本レコード大賞)
◇ 「矢切の渡し」(日本レコード大賞)
◇ 「河内おとこ節」

◆ 石本美由起 / 要 職

◇ 日本音楽著作権協会(JASRAC)理事長
◇ 日本音楽作家協会理事長
◇日本作詞家協会会長
◇日本音楽作家団体協議会副会長

◆ A Related Words :
石本美由起 作品/石本美由起 葬儀/石本美由起 Wiki/石本美由起 告別式/石本美由起 追悼番組/石本美由起 ウィキペディア/石本美由起 通夜/石本美由起 お別れの会/石本美由起 お別れ会/作詞家 石本美由起/石本美由起 作品/石本美由起 プロフィール/石本美由起 経歴

Page Top

スマートフォン / PC サイト