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社民党前参院議員  田 英夫 さん死去

2009年(平成21年)11月13日 死去 享年86歳

田英夫写真  

社民党前参院議員  田 英夫 さん死去

社民党前参院議員の 田 英夫(でん ひでお)さんが2009年(平成21年)11月13日午前8時58分、呼吸不全のため東京都港区内の病院で死去した。86歳だった。

1971年(昭和46年)の参院選全国区に社会党から出馬、トップ当選したのをはじめ比例代表や東京選挙区で計6回の当選を果たした。長く腎臓を患い 入院療養中での死去であった。葬儀、告別式は本人の遺志によって近親者だけで行う。喪主は妻の圭子さん。

人物 / 略歴

田 英夫(でん ひでお、1923年(大正12年)6月9日 ~ 2009年(平成21年)11月13日)

東京府東京市(現:東京都区部)に生まれる。ジャーナリスト、政治家。

勲等は勲一等。参議院議員を務めた。

◆ 略 歴

貴族院議員や台湾総督を務めた田健治郎の孫として、東京府東京市(現:東京都区部)にて出生。

東京帝国大学入学直後の1943年に学徒出陣で応召、海軍兵科第4期予備学生を経て、第16震洋特別攻撃隊艇隊長として八丈島に配置され訓練を重ねていたが、出撃命令が下る前に終戦を迎え、海軍中尉で解員。

◆ ジャーナリストとして

1947年、東京大学経済学部卒業。共同通信社に入社し社会部、政治部記者(東京裁判等の取材にあたる)、1956年の第一次南極観測隊報道担当隊員。1960年に共同通信社会部長、1962年に文化部長を経て、同年11月に当時のラテ兼営放送局・TBS(東京放送)に入社した。

1962年10月から放送を開始した『JNNニュースコープ』の初代のメインキャスターとなり、1968年3月まで務めた。

『JNNニュースコープ』降板の原因は、西側のテレビメディア初の、北ベトナムでのベトナム戦争取材の最中に発生した。

建前上の解雇理由は「『北ベトナムが負けていない』という『真実でない』報道」での放送法第3条2違反であるが、その真実は、報道姿勢そのものを反米的と見なした政府筋、自民党及び福田赳夫幹事長が、TBS今道社長を自民党本部に呼んでTBS首脳部に圧力をかけたからだとされている。

最後の放送では降板の経緯に触れることなく「それではみなさん、また明日」を「それではみなさん、さようなら」と言い換えるのみでTV画面から去った。1970年同社を退職。

◆ 政治活動

日本社会党、社会民主連合、新党護憲リベラル、平和・市民、社会民主党と所属政党を移した。

◆ 日本社会党時代

1971年6月、日本社会党から第9回参院選の全国区に立候補して192万票を獲得しトップ当選した。

横路孝弘らとともに「新しい流れの会」を結成し党改革を目指していたが1977年、中道の結集を目指して離党した。

1977年に党改革が不十分であることを理由に社会党を離党。その後、社会党を除名された。西欧型の社会民主主義路線を掲げる社会民主連合を結成した。

◆ 社民連時代

1978年3月、社会民主連合の結成に参画し初代代表となった。

1983年、横路孝弘、八代英太らと共にMPD・平和と民主運動の呼びかけ人となり事実上の中心人物でもあった。

◆ 社民連解党後から社民党入党まで

自社さ連立政権についてはいち早く支持を表明した。さらには社会党最左派と言われた伊東秀子を北海道知事選挙に自民党推薦で擁立したりもした。これらの行動は彼とさまざまな社会運動を共にしてきた支持者・支援者からは裏切りとも取られ、東京都議会議員下元孝子は代表を務めていた大衆党を離党したり新党護憲リベラルは「平和・市民」と憲法みどり農の連帯に分裂したりと数々の対立・分断の原因ともなった。

◆ 社会民主党時代

1997年に社民党に入党した。党外交・防衛部会長を務めた。民主党の成立後は左派色を前面に出して活動した。

2001年7月の第19回参院選では戦争に対する危惧から、以前より表明していた引退を撤回して比例代表区(社会民主党)から出馬するも落選。しかし田嶋陽子の議員辞職に伴って2003年4月に繰り上げ当選となり、6期目を務めることになった。

2005年3月、脳内出血を患い4月からは療養のために国会に登院していなかったが2005年8月には郵政国会において政局となった郵政法案の賛成派と反対派が拮抗し、1票の価値が重要視されるようになると4ヶ月ぶりに登院し反対票を投じた。

◆ 晩 年 / 政界引退

2006年12月、2007年夏の参院選に出馬しないことを表明し34年間の議員生活を終えた。

2009年11月13日8時50分、呼吸不全のため東京都港区の東京慈恵会医科大学附属病院で死去。86歳没。

特記事項

当選間もないころ、通産大臣を務めていた田中角栄のもとを陳情で訪れた際に封筒を持たされ、その中身は100万円の裏金だったことを、後にオフレコ扱いで政治評論家の岩見隆夫に告白。岩見は田の死後、その事実を発表した。

◆ 田 英夫 / 栄 典

◇ 2001年 - 勲一等旭日大綬章受章。

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