追悼の森 =大浦みずき さん死去=

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宝塚歌劇の元トップスター、女優  大浦みずき さん死去

2009年(平成21年)11月14日 死去 享年53歳

大浦みずき写真  

宝塚歌劇の元トップスター、女優  大浦みずき さん死去

宝塚歌劇の元トップスターで女優の 大浦 みずき(おおうら みずき)さんが2009年(平成21年)11月14日午前7時、肺がんのため東京都内の病院で死去した。53歳だった。

1974年(昭和49年)、第60期生として宝塚歌劇団に入団し、ダンスの名手として鳴らし宝塚の「フレッド・アステア」と評された。今年1月6日、5月に上演予定の舞台「この森で、天使はバスを降りた」を胸膜炎の病気療養に専念するため降板すると発表していた。葬儀、告別式は近親者のみで行う。後日、お別れの会を開く。喪主は姉の内藤啓子さん。

人物 / 略歴

大浦 みずき(おおうら みずき、1956年8月29日 ~ 2009年11月14日)

東京都中野区出身。本名は阪田なつめ。 元宝塚歌劇団花組トップスターで、女優、エッセイスト、歌手。

愛称なつめ、ナーちゃん。公称身長168cm。血液型A型。特技:アルゼンチンタンゴ(歌・ダンス)・ジャズ・社交ダンス。

◆ 略 歴

中野区立第八中学校卒業。

小説家阪田寛夫の次女として出生、家族は他に母と姉ひとり。

父が大の宝塚ファンだった」ことから中学卒業を機に宝塚音楽学校受験、合格。

1974年、60期生として宝塚歌劇団に入団、『虞美人』で初舞台。芸名は父と文芸活動およびキリスト教信仰の同志であった庄野潤三が命名。

同期には元月組トップ男役の剣幸、元雪組トップ娘役の遥くらら、専科の磯野千尋(元花組組長)がいる。

雪組~星組を経て花組へ。ダンスの名手として鳴らし(宝塚の「フレッド・アステア」と評される)。

1987年には膝の半月板損傷・手術により長期休演を余儀なくされた。懸命のリハビリで故障克服、怪我以前よりダンスを磨き舞台復帰。

1988年 ~ 1991年まで、ひびき美都を相手役に花組男役トップスターを務める。「(当時の)宝塚で最も高いプロ意識を持ち」、「ダンスの花組」と呼ばれる一時代を築いた。

宝塚時代の代表作は『キス・ミー・ケイト』(1988年トップ就任作)、『会議は踊る』(1989年)、『ベルサイユのばら』(1990年、フェルゼン役)、『ヴェネチアの紋章』(1991年サヨナラ公演作)。

退団後も舞台を中心に女優として、又ダンス公演でも活躍。

2009年11月14日午前7時、肺がんのため東京都内の病院で死去した。享年53歳。

前年より「胸膜炎のため」として出演予定の舞台を降板し、2010年早々からの仕事復帰を期して療養中のさなか帰らぬ人となった。

特記事項

歌劇団退団、芸能界転向をはさみ私生活では独身を通していた。

2010年11月、実姉が妹の大浦の生涯を綴った本『赤毛のなっちゅん ‐ 宝塚を愛し、舞台に生きた妹の大浦みずきに』(内藤啓子著、中央公論新社、税込1890円)を上梓した。

◆ 大浦みずき / 著書

◇ 『夢・宝塚』(1991年6月刊行)小学館
◇ 『なつめでごじゃいます!』(1993年7月刊行) 小学館
◇ 『Mizuki@mail.宝塚/jp』(1999年10月刊行) 小学館
◇ 『バック・ステージDIARY 』(2002年8月刊行) 小学館
◇ 『と・て・ち・て・た』(1999年10月刊行) アスペクト社

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