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映画監督  西河克己 さん死去

2010年(平成22年)4月6日 死去 享年91歳

西河克己写真  

映画監督  西河克己 さん死去

吉永小百合さんや、山口百恵さん主演の青春映画などを手掛けた映画監督の 西河 克己(にしかわ かつみ)さんが2010年(平成22年)4月6日午前4時40分、肺炎のため東京都大田区内の病院で死去した。91歳だった。

鳥取県出身。1970年代に映画「潮騒」や「春琴抄」など山口百恵さんと三浦友和さんのコンビによるヒット作の監督を務めた。葬儀は近親者で行う。後日、しのぶ会を開く。喪主は長女、ゆあみさん。

人物 / 略歴

西河 克己(にしかわ かつみ、1918年7月1日 ~ 2010年4月6日)

鳥取県智頭町出身。映画監督。

父は東京都庁の公務員。

◆ 略 歴

西河が生まれたのは鳥取県東部の智頭町土師地区。父親の就職で一家が東京へ移るまで、4年余りをこの地で過ごした。

小説家志望であったが、次善の途として映画監督を志し、松竹大船撮影所に監督助手として入社。当時は日本映画の第1期黄金時代ともいえる時代だった。

大学を卒業したのが日中戦争真っ只中であったため、松竹入社後1年を経ずして召集(結局2度応召した)されて旧満州やビルマへ出征、捕虜収容所生活も経験した。

戦後復員して昭和21年(1946年)復職。原研吉、渋谷実、中村登らの名匠に師事し、昭和27年(1952年)助監督待遇のまま『伊豆の艶歌師』(主演:佐田啓二)を初監督。2本立て映画の1本、いわゆるシスター映画であった。

典型的な「大船映画」を数本撮ったあと、昭和29年(1954年)の日活映画製作再開と同時に、日活と監督契約した。

山本有三原作による社会派メロドラマ『生きとし生けるもの』(主演:山村聰)を第1作に、日活での初期作としては『東京の人』(主演:月丘夢路)、『美しい庵主さん』(主演:小林旭)などがあるが、当然のように「大船色」が濃く、「日活っぽい」『俺の故郷は大西部』(主演:和田浩治、1960年)は西河作品としては逆に異色である。

1960年代に入ると『若い人』(主演:石原裕次郎)、『青い山脈』(主演:吉永小百合)、『伊豆の踊子』(主演:吉永小百合)、『エデンの海』(主演:高橋英樹)、『帰郷』(主演:吉永小百合)などの作品でその才能を遺憾なく発揮し、日本映画の全盛期を飾った。

中でも『伊豆の踊子』、『絶唱』(主演:舟木一夫)はいずれもリメイク作品であるが、ともに前作を大きく上回ってヒットし、西河監督の地位を揺るぎのないものにした、まさに代表作といえる。

日活がロマンポルノ路線に転換する以前、昭和44年(1969年)の『夜の牝 年上の女』(主演:野川由美子)を最後にテレビ界に籍を移す。

その後、昭和49年(1974年)の『伊豆の踊子』(主演:山口百恵)のリメイクで映画界に復帰し、山口百恵・三浦友和の共演で『潮騒』(1975年)、『絶唱』(1975年)、『エデンの海』(1976年)のリメイク作品や、『春琴抄』(1976年)、『どんぐりっ子』(主演:森昌子、1976年)を監督した。

しかし、昭和58年(1983年)製作の『スパルタの海』(主演:伊東四朗)は、公開直前に、映画の舞台となった戸塚ヨットスクールが暴力事件で死亡事故が起こり、クランクアップ後にお蔵入り。その後、戸塚ヨットスクールを支援する団体が著作権を購入し平成17年(2005年)9月にビデオ、DVDとして発売される。

昭和59年(1984年)の劇画原作『生徒諸君!』(主演:小泉今日子)は動員割れ、昭和60年(1985年)の『ばあじんロード』(主演:松永麗子)は諸処の事情で劇場公開されなかった(後年TBSでテレビ放映。ビデオソフト化もされた)。

その新鮮さと斬新な監督技法は、日本映画界の中でも歴史に残る作品であり、代表作にリメイク作品が多いというのも特色である。また、60歳を過ぎてからも森昌子、秋吉久美子、小泉今日子、松永麗子、富田靖子らの主演作を製作し、西河作品のスクリーンに「アイドル」を追いかける観客は2つの世代にわたることになった。

幼年時代を過ごした故郷への思い入れは深く、西河作品には鳥取県に関連したものが幾つか含まれる。『絶唱』は原作は松江だが、映画では鳥取砂丘と賀露港、そして智頭町が舞台に脚色されている。

また『悲しき別れの歌』(1965年)、『夕笛』(1967年)、『残雪』(1968年)、『ザ・スパイダースのバリ島珍道中』(1968年)などの作品では智頭好夫の名前で脚本を書いている。

2010年4月6日午前4時40分、肺炎のため東京都大田区内の病院で死去した。享年91歳。

特記事項

◆ 2001年に「西河克己映画記念館」が開館した。

西河克己映画記念館(にしかわかつみえいがきねんかん)は鳥取県八頭郡智頭町にある地元出身の映画監督・西河克己の記念館。

1930年頃に建てられた2階建ての西洋館で、かつてキリスト教の教会堂として使用されている。

西河克己から映画関係の資料が寄贈されたのを機に、映画記念館として活用されることになった。

館内では、智頭町でロケが行われた「絶唱」(1966年)をはじめとして、「伊豆の踊子」、「青い山脈」、「潮騒」など、メガホンを取った作品に関する貴重な資料が多数展示されている。

旧塩屋出店として同じ敷地内にある1897年頃築の和風建造物(もみの木亭)とともに、国の登録有形文化財に登録されている。

◇ 開館時間 - 午前10時 ~ 午後5時
◇ 休館日 - 水曜日
◇ 入館料 - 無料

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