追悼の森 =正司玲児さん死去=

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漫才師  正司玲児 さん死去

2010年(平成22年)12月10日 死去 享年71歳

正司玲児写真  

漫才師   正司玲児 さん死去

夫婦での「どつき漫才」で知られた大阪の漫才コンビ「正司敏江、玲児」の 正司 玲児(しょうじ れ いじ)さんが2010年(平成22年)12月10日午前10時32分、成人T細胞白血病リンパ腫のため大阪府羽曳野市内の病院で死去した。71歳だった。

2010年(平成22年)に入り体調を崩し療養していたが 同年11月には一旦舞台に復帰していた。葬儀、告別式は14日、大阪市北区長柄西の市立北斎場。 喪主は長男の孔児(こうじ)さん。

人物 / 略歴

正司 玲児(しょうじ れいじ、1939年1月17日 ~ 2010年12月10日)

北朝鮮元山市生まれ。本名は及川玲児。 血液型O型。

◆ 略 歴

玲児は北朝鮮元山市で出生した後、太平洋戦争の開戦で一家で祖母の実家のある大分県国東半島へ移住。

小学校6年のとき両親が離婚し、八幡市(現:北九州市)に移る。

八幡市立花尾中学校卒業後、パン屋、八百屋、工場、酒屋などの職業を転々とし、1962年に京芸プロ(漫画トリオの個人事務所)従業員を経て、松竹芸能に入社した。

フラワーショウを担当をしていたが、1963年に本名で音楽ショウ・ピスボーイを中井次郎(後の池乃めだか)らと組んで初舞台。

共に売れていなかったが、当時から2人は交際しており、裏方(マネージャーの玲児)が商品(芸人の敏江)に手を付け、芸界の掟を破ったことで、師匠の正司歌江から破門される。1964年、浪曲師の斎東満夫妻の仲人で結婚。

1966年、夫婦である事を隠し、兄妹漫才と偽って正司利児・敏江の名で神戸松竹座から再出発、その後夫婦漫才コンビでである事を公表。

しかし敏江は台本の覚えが悪いのに稽古嫌いで、いい加減なアドリブで誤魔化してばかりだったため、前座に燻っていた。ある日、舞台上で怒った玲児が敏江を本気で突き飛ばしたところ、これが初めて客にウケる。

最初は一方的に張られていた敏江だったが、玲児に逆襲すると更にウケる事を発見し、嫁主導の夫婦どつき漫才の型を確立、一躍注目を浴びた。

2人の熱心さにほだされ、周囲の抵抗も次第に解けて行き、1968年には再び『正司』の屋号を許される。敏江の「誰のお陰で正司を名乗れると思うとるんや!」の決めゼリフは、こうして誕生した。

1969年、第4回上方漫才大賞新人賞受賞。

コンビ晩年は主に額を平手で叩いて音を出すだけに落ち着いたが、1970年代、世間で仮面ライダーが流行っていた若い頃には「ライダーキック!」の掛け声と共に飛び蹴りしたり、敏江もサービス精神を発揮し、振袖の裾をはだけてのパンツ開帳を定番ギャグにするなど、生傷の絶えない熾烈な芸にエスカレートしていった。

玲児の浮気が発覚して私生活では結婚10年で離縁してしまうが、人気に後押しされてコンビは続行し、養育費問題を始め家庭の不幸すらネタにしてしまった。

夫婦漫才が離婚後も組み続けているのは、ミヤコ蝶々・南都雄二、京唄子・鳳啓助以来で、その後に続く者は無い。

2010年に入ると玲児が体調を崩し、同年11月には一旦舞台に復帰したものの、12月10日に成人T細胞白血病リンパ腫で死去した。享年71歳。

◆ 漫才コンビの相方 正司 敏江

正司 敏江(しょうじ としえ、公称:1940年11月9日 生まれ)

本名は及川キミコ。 香川県小豆島土庄町肥土山生まれ。血液型A型。

敏江の父親は天理教の宣教師で、布教のため敏江が小学校卒業後、一家で坂出市に転居した。

坂出市立川津中学校卒業後、大阪の叔父を頼り来阪、ミシン工場で見習い兼女中として働く。

一年半の後、天理教の信者の関係で父親がかしまし娘の両親と知り合いだっため1957年、かしまし娘の住み込み弟子となり、妹分・芳江、春江の3人でちゃっかり娘を結成した。1962年初舞台を踏む。

他の2人が津軽三味線の世界に飛び込んだため解散(のちに津軽姉妹を結成。芳江はのちに津軽ひろ子の名で活躍)。

特記事項

◆ 正司敏江、玲児 / レコード

◇ しびれ女のブルース/147センチのバラード(1970年11月)◇ 夫婦の花道/母恋怨歌
◇ チューリップ人生/悲恋酒
◇ 振られた女の子守唄/くどいたお方はどこの人(1976年4月)‐正司敏江ソロ
◇ わてには関係ありまへん/出逢い橋・別れ橋・再会橋(1978年)‐正司玲児ソロ
◇ とんぼり人生/さすらい港町(1987年11月)‐A面の「とんぼり人生」は正司敏江のソロで、B面の「さすらい港町」は正司玲児のソロ
◇ まごころ音頭/人情芝居(1992年9月)‐A面の「まごころ音頭」は正司玲児のソロ
◇ 野牡丹/こころの港(1994年10月)‐A面の「野牡丹」は正司敏江のソロで、B面の「こころの港」は正司玲児のソロ

◆ 正司敏江、玲児 / 出演CM

◇ ジャパンチェーン(パチンコ、東海地区ローカル)
◇ いしよし(墓石・仏壇販売)
◇ 任天堂(玩具・N&Bブロックミックス)

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