追悼の森 =高峰秀子さん死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【た~ち~つ~て~と】 著名人訃報一覧【た~ち~つ~て~と】  著名人訃報一覧 2010年 著名人訃報一覧 Ver.48
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

女優  高峰 秀子 さん死去

2010年(平成22年)12月28日 死去 享年86歳

高峰秀子写真 

女優   高峰秀子 さん死去

数々の名作に主演し、昭和を代表する女優の一人 高峰 秀子(たかみね ひでこ)さんが2010年(平成22年)12月28日午前5時28分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。86歳だった。

戦前から子役として活躍。「カルメン故郷に帰る」や「二十四の瞳」など多くの作品で主演を演じ 女優としての地位を確立した。昨年10月に体調を崩し、肺がんと診断され入院療養を続けていたが 病状が急変し、夫の映画監督 松山善三さんに看取られて息を引き取ったという。

人物 / 略歴

高峰 秀子(たかみね ひでこ、1924年3月27日 ~ 2010年12月28日)

北海道函館市出身。本名は松山秀子(旧姓 : 平山秀子)。 女優、歌手、エッセイスト。

◆ 略 歴

養父に手をひかれて松竹蒲田撮影所に連れていかれ、『母』の子役オーディションの列に並ばされ選ばれる。

以降デビューから1937年(昭和12年)までの子役時代を過ごす。

日本のシャーリー・テンプルと呼ばれる。共にオデコであったのでデコちゃんの愛称がつく。

しかし家庭内は、養母が日本におけるステージママのはしり的な存在であり高峰の収入で親族全体が生活していることへの精神的な負担など、一概に幸福とは言えない状況であった。母親との愛憎劇は母親が世を去るまで長く高峰を苦しめた。

高峰の境遇に深く同情した東海林太郎は養女に引き取ろうとしたほどであった。

◆ 東宝時代

1937年(昭和12年)、東宝へ移籍する。

東宝では『綴方教室』、『馬』(共に山本嘉次郎監督)などの映画に出演し、天才子役から女優へと脱皮していった。

『馬』で助監督を務めた黒澤明と撮影中に恋に落ちたが、母親の反対で強引に別れさせられた。

この『馬』の長期ロケで山形県最上町に滞在した際に、高峰に一目惚れした少年がのちのケーシー高峰で、芸名も初恋の人たる彼女に由来する。

戦争中においても彼女の人気は上昇し続け、多くの映画に出演した。また出征兵の中には高峰のブロマイドを胸に戦地へと旅立った者もおり、戦後の彼女の反戦思想に大きな影響を与えた。

戦時中の代表作には『婦系図』、『阿片戦争』などマキノ雅弘(当時は正博)監督作品が上げられる。

◆ 新東宝時代

太宰治の遺作『グッドバイ』や谷崎潤一郎の傑作『細雪』の映画化に出演したのもこの時期である。谷崎とは彼の家族を交えた形で、以後も交流が続いた。

『宗方姉妹』で小津安二郎監督作品にも出演を果たしている。

当時結婚を想定して交際していた会社の重役が後援会費を使い込み、しかも他の女性と交際していた事が発覚したことから疲れ果てて1950年11月新東宝を退社。

◆ フリー時代

『二十四の瞳』(1954)日本初のフルカラー作品となった『カルメン故郷に帰る』撮影後、家を売り払いパリで一人暮らしをする。

1951年(昭和26年)12月に帰国、その後はどの社にも属さず数少ないフリー俳優として活動を開始した。女優としての黄金時代を迎えたのがこの時期である。数々の名監督とタッグを組み、八面六臂の活躍を見せた。

松竹においては木下惠介監督作品に多く出演し、『カルメン故郷に帰る』をはじめ、『カルメン純情す』、『二十四の瞳』、『喜びも悲しみも幾歳月』などの作品に出演した。

『二十四の瞳』の撮影で当時木下の助監督をしていた松山善三と出会い、1955年(昭和30年)結婚する。仲人は川口松太郎、三益愛子夫妻に木下惠介の3名だった。

◆ 晩年 / 女優引退後

1979年(昭和54年)、木下惠介監督の映画『衝動殺人 息子よ』に出演予定であった八千草薫が降板し、代役を依頼され出演する。

製作中の後日、女優引退を発表した。

引退後はエッセイストとして活動。また、映画『典子は、今』等に助監督として製作に参加するほか、2003年には映画『葉っぱのフレディ』で朗読を担当した。

2010年(平成22年)12月28日午前5時28分、肺がんのため東京都内の病院で死去した。享年86歳。

特記事項

「デコちゃん」の愛称でも知られた。

映画「二十四の瞳」の撮影で知り合った映画監督、脚本家の松山善三と1955年(昭和30年)に結婚した。

晩年には文芸春秋の編集者でライターの 斎藤明美を養女とした。

◆ 高峰秀子 / 主な出演映画

※キネマ旬報ベストテンにランクインした作品を抜粋(戦後のみ)

◇ 『或る夜の殿様』 (衣笠貞之助 監督、1946年)
◇ 『幸福への招待』 (千葉泰樹 監督、1947年)
◇ 『細雪』 (阿部豊 監督、1950年)
◇ 『宗方姉妹』 (小津安二郎 監督、1950年)
◇ 『カルメン故郷に帰る』 (木下惠介 監督、1951年)
◇ 『稲妻』 (成瀬巳喜男 監督、1952年)
◇ 『カルメン純情す』 (木下惠介 監督、1952年)
◇ 『煙突の見える場所』 (五所平之助 監督、1953年)
◇ 『雁』 (豊田四郎 監督、1953年)
◇ 『女の園』 (木下惠介 監督、1954年)
◇ 『二十四の瞳』 (木下惠介 監督、1954年)
◇ 『浮雲』 (成瀬巳喜男 監督、1955年)
◇ 『流れる』 (成瀬巳喜男 監督、1956年)
◇ 『喜びも悲しみも幾歳月』 (木下惠介 監督、1957年)
◇ 『張込み』 (野村芳太郎 監督、1958年)
◇ 『無法松の一生』 (稲垣浩 監督、1958年)
◇ 『笛吹川』 (木下惠介 監督、1960年)
◇ 『人間の條件 完結篇』 (小林正樹 監督、1961年)
◇ 『名もなく貧しく美しく』 (松山善三 監督、1961年)
◇ 『永遠の人』 (木下惠介 監督、1961年)
◇ 『われ一粒の麦なれど』 (松山善三 監督、1964年)
◇ 『華岡青洲の妻』 (増村保造 監督、1967年)
◇ 『恍惚の人』 (豊田四郎 監督、1973年)
◇ 『衝動殺人 息子よ』 (木下惠介 監督、1979年)

◆ 高峰秀子 / 出演CM

◇ テレビCM[編集]田辺製薬「ハイベストン」
◇ 味の素「ハイミー」
◇ キッコーマン「さしみしょうゆ」

◆ 高峰秀子 / 著 書

◇ 『わたしの渡世日記』 上/下 文春文庫 1998年3月
◇ 『つづりかた巴里』 潮出版社 1979年7月
◇ 『私の梅原龍三郎』 文春文庫 1997年10月
◇ 『にんげん蚤の市』 文春文庫 2000年1月
◇ 『台所のオーケストラ』 文春文庫 2000年11月
◇ 『にんげんのおへそ』 文春文庫 2001年10月
◇ 『コットンが好き』 文春文庫 2003年1月
◇ 『人情話松太郎』 文春文庫 2004年1月
◇ 『おいしい人間』 文春文庫 2004年7月
◇ 『にんげん住所録』 文春文庫 2005年7月
◇ 『にんげん蚤の市』 清流出版 2009年7月

◆ A Related Words :
高峰秀子 創価学会/高峰秀子 死因/高峰秀子 息子/高峰秀子 性格/女優 高峰秀子/徹子の部屋 高峰秀子/高峰秀子 斎藤明美/高峰秀子 動画/高峰秀子 夫/YouTube 高峰秀子/高峰秀子 デコちゃん/高峰秀子 画像/高峰秀子 CM/高峰秀子 三枝子/高峰秀子 斉藤/高峰秀子 プロフィール/高峰秀子 略歴

Page Top

スマートフォン / PC サイト