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エッセイスト  逸見晴恵 さん死去

2010年(平成22年)10月21日 死去 享年61歳

逸見晴恵写真  

エッセイスト  逸見晴恵 さん死去

1993年(平成5年)に亡くなったアナウンサー逸見政孝さんの妻で、エッセイストの 逸見 晴恵(いつみ はるえ)さんが2010年(平成22年)10月21日午後0時57分、肺胞タンパク症のため埼玉県さいたま市大宮区内の病院で死去した。61歳だった。

1994年(平成6年)6月に子宮頸(けい)がんが見つかり、治療の過程で骨髄異形成症候群を告げられたという。入退院を繰り返していたが、約4カ月前からは長い病院生活が続いていた。葬儀は近親者だけで行う。喪主は長男で俳優の逸見太郎さん。

★ 骨髄異形成症候群とは:血液細胞のがんの1つで、造血に異常をきたす。貧血を起こしやすくなり、抵抗力も弱まる。

人物 / 略歴

逸見 晴恵(いつみ はるえ、1949年6月11日 ~ 2010年10月21日)

東京都目黒区に生まれる。 旧姓は小林(こばやし)。エッセイスト。

オフィスいつみ所属(マネジメントはフロンティア・ロードと業務提携)。

フジテレビアナウンサーで、司会者やタレントとして活躍した故 逸見政孝さん(1993年12月25日死去)の夫人。

◆ 略 歴

東京都立目黒高等学校、文化服装学院師範科卒業後、1970年に逸見政孝さんと結婚。長男は俳優、タレント、司会者の逸見太郎。長女はタレント、レポーターの逸見愛である。

長らく専業主婦であったが、1988年10月、夫・政孝のフリー独立を機会に、三木プロダクション系列の「株式会社オフィスいつみ」を設立し、取締役社長に就任した。

しかし、政孝が1993年12月25日、がん性悪液質により、48歳の若さで逝去。

その後は政孝が家族のために建てた家を守るために、医学エッセイを多数書き下ろし、テレビ出演や講演活動を積極的にこなしたが、後述する難病を発症し、満身創痍になりながらも、5億円のローンをほとんどを返済した。

政孝の死から約3年後に晴恵自身も、初期の子宮がんを患っていたことを公表。子宮がんは、初期の発見で0ステージで完治したものの、その後、血液細胞のがんの一種である骨髄異形成症候群を発症する。

10年ほど闘病していたが、2010年10月21日に肺胞蛋白症のため死去した。61歳没。

特記事項

障害を持ったダルメシアンを飼っていたが、晴恵の死から7日後にその愛犬も亡くなっている。

◆ 逸見 晴恵 / 著 書

◇ 『二十三年目の別れ道』 フジテレビ出版 1994.11
◇ 『私ががんを恐れなくなった理由』 扶桑社 2001.12
◇ 『黙っているのもうやめた』 日本医療情報出版 2003.7
◇ 『逸見晴恵が訊くがんを生き抜くための指南書』 蕗書房 2010.1

◆ 逸見 晴恵 / 共 著

◇ 『息子への遺書』逸見政孝(著) 創樹社 1995.12
◇ 『家族のがんに直面したら読む本』 基佐江里(著) 宇津木久仁◇ (監修) 実務教育出版 2008.9

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