追悼の森 =杉原輝雄さん死去=

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プロゴルファー  杉原輝雄 さん死去

2011年(平成23年)12月28日 死去 享年74歳

杉原輝雄写真  

プロゴルファー  杉原輝雄 さん死去

がんとの闘病を続けながら「生涯現役」を貫いたプロゴルファーの 杉原 輝雄(すぎはら てるお)さんが2011年(平成23年)12月28日午前8時半、前立腺がんのため大阪府茨木市内の自宅で死去した。74歳だった。

1997年(平成9年)に見つかった前立腺がんを体内に抱えながら、ゴルフを続けられなくなるという理由で手術を拒否し、投薬治療を選択した。2008年(平成20年)には癌が転移していることも判明したが 「生涯現役」を公言しツアー参戦を継続することを表明していた。

人物 / 略歴

杉原 輝雄(すぎはら てるお、1937年6月14日 ~ 2011年12月28日)

大阪府出身。プロゴルファー。

約50年に渡って現役を続行してきた存在感の大きさから、日本プロゴルフ界のドンと呼ばれた。永久シード権獲得者である。

優勝回数は国内男子プロとしては尾崎将司、青木功に次ぐ歴代3位だが、ツアー施行後はいわゆる「AON時代」(青木、尾崎、中嶋常幸の3人の頭文字を取った呼称)に突入していたため、レギュラーツアーにおいて賞金王(賞金ランキング1位)を獲得したことがない。

◆ 略 歴 / 年譜

◇ 1953年 - 中学卒業後、寺本金一らに師事しゴルフを始める。
◇ 1957年 - プロ転向。デビューは翌年の関西オープン
◇ 1962年 - 日本オープンゴルフ選手権において初優勝。
◇ 1973年 - ツアー施行に伴い、賞金シード権を獲得。以降、22年に渡り賞金シードを獲得し続ける。
◇ 1983年 - 日本プロゴルフ選手会初代会長就任。
◇ 1989年 - ツアー施行後25勝で永久シード権を獲得。
◇ 1990年 - 日本ユネスコフェアプレー賞受賞。
◇ 1990年 - 「NHK趣味講座 杉原輝雄の実戦ゴルフ」に講師として出演。
◇ 1991年 - JGA認定証(グランドマスター)獲得。
◇ 1995年 - ゴルファー・オブ・ザ・イヤー1995獲得。
◇ 1997年 - 前立腺癌告知。
◇ 2006年 - つるやオープンで世界最年長予選通過記録樹立(68歳10ヶ月)。
◇ 2009年 - 中日クラウンズにおいて同一大会50年連続出場を達成。
※ アーノルド・パーマーのマスターズにおける連続出場およびC.エバンズの全米アマにおける連続出場の世界タイ記録に並ぶ。

◇ 2010年 - 中日クラウンズ出場が51年連続となり、世界記録を更新。
◇ 2011年 - スポーツ功労者文部科学大臣顕彰。

2011年12月28日午前8時半、前立腺がんのため大阪府茨木市内の自宅で死去した。享年74歳。

特記事項

練習量の多さはゴルフ界では有名であり、杉原の練習熱心な姿を見て育った関西出身のプロゴルファーも少なくない。

先進的な道具に対しても積極的に取り入れ、特に162cmとプロスポーツ選手としては小柄な体格をカバーするために、1990年代にはドライバーのシャフトを徐々に長くして47インチドライバーにも取り組んだ、長尺ドライバーの先駆者でもある。

衰えた筋力の強化のため、1996年5月から加圧トレーニングを開始していた。

長男の敏一もプロゴルファーである(2005年まで登録名を平仮名表記の「すぎはらとしかず」としていたが、2006年に本名の「杉原敏一」に戻している)。

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