追悼の森 =前田武彦さん死去=

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タレント  前田 武彦 さん死去

2011年(平成23年)8月5日 死去 享年82歳

前田武彦写真  

タレント  前田武彦 さん死去

「マエタケ」の愛称で親しまれ、放送作家や司会者として活躍したタレントの 前田 武彦(まえだ たけひこ)さんが2011年(平成23年)8月5日午前11時16分、肺炎のため都内の病院で死去した。82歳だった。

59回目の結婚記念日だった先月28日に 突然体調を崩し入院治療を受けていたが、同日夜から一度も目覚めることなく息を引き取った。葬儀、告別式は近親者のみで営まれ、後日、お別れ会を開く予定。

人物 / 略歴

前田 武彦(まえだ たけひこ、1929年4月3日 ~ 2011年8月5日)

東京府東京市芝に生まれる。タレント、放送作家、司会者。

株式会社三桂所属。

◆ 略 歴

1929年、東京府東京市芝に生まれる。

太平洋戦争中には予科練に1年半在隊し、敗戦後は1949年より鎌倉アカデミア演劇科に入学した。

同科卒業後には立教大学経済学部経営学科に入学するも中退した。

1953年の開局間もないNHKの放送作家になりラジオやテレビの台本を書くようになった。テレビについては、放送開始当初から放送作家(放送構成作家)として活動していた。

1968年から放送されたテレビの歌番組、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ)では司会者を務め、「マエタケ」の愛称で呼ばれる人気司会者となった。

1969年11月、それまでの司会者・立川談志の降板を受けてテレビの演芸番組『笑点』の司会に就任、翌年12月まで務めた。

さらに、『巨泉・前武のゲバゲバ90分!!』(日本テレビ、1969年 ~ 1971年)の司会、『ゴールデン洋画劇場』(フジテレビ)の初代映画解説者(1971年 ~ 1973年)を務めた。

◆ 共産党礼賛と謹慎

1973年夏、武彦は生放送で司会を務めていた『夜のヒットスタジオ』のエンディングで日本共産党の候補者が当選したことについて万歳したことから、それが反共・右派である当時のフジテレビオーナー・鹿内信隆の逆鱗に触れ、秋には司会降板となった。

さらに、その他の出演番組からも降板、もしくは番組自体が打ち切りになることが相次ぎ、武彦はその後数年間に渡ってメディア出演の機会の大部分を失うこととなった。

生前最後の仕事は、亡くなる約1ヶ月前の同年7月16日に放送されたTBSラジオの『土曜ワイドラジオTOKYO 永六輔その新世界』へのゲスト出演だった。

最後のテレビ出演は2010年5月23日に放映されたフジテレビの『ボクらの時代』で小沢昭一と大橋巨泉との対談であった。

2011年8月5日午前11時16分、肺炎のため都内の病院で死去した。享年82歳。

特記事項

1960年代、それまで台本を読み上げる形式が一般的だった放送司会に「フリートーク」、「楽屋オチ」、「世間話」といった手法を持ち込み、最盛期にはその毒舌と絶妙な話術から「フリートークの天才」と呼ばれ、タレント・大橋巨泉と並び称された。

思想的には左派であり、自らが司会するテレビ番組で日本共産党の候補が選挙で当選したことを礼賛したことから以後10年近くのあいだテレビ業界から干されたこともある。

武彦は司会や脚本家のほか、作詞家として、平井和正原作のアニメ『エイトマン』の主題歌の作詞(萩原哲晶作曲・克美しげる歌唱)もしている。

◆ 前田 武彦 / 主な著書

◇ 『お天気おじさんマエタケの天気図を読む本』 ISBN 4534009453
◇ 『前武・関根のおしゃべりに会いたくて-しゃべリスト養成講座』(関根勤と共著) ISBN 4907710771
◇ 『マエタケのテレビ半生記』 ISBN 4900963224

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