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宝塚男役スター  春日野八千代 さん死去

2012年(平成24年)8月29日 死去 享年96歳

春日野八千代写真  

宝塚男役スター  春日野八千代 さん死去

戦前から宝塚歌劇団の男役スターとして活躍した 春日野 八千代(かすがの やちよ)さんが2012年(平成24年)8月29日午前10時34分、肺炎のため大阪市内の病院で死去した。96歳だった。

1928年(昭和3年)に宝塚音楽学校に入学、翌年「春のをどり」で初舞台を踏んだ。その後、星組の披露公演「お国歌舞伎」で主役に抜擢され 一躍スターに躍り出た。「白薔薇のプリンス」と呼ばれ、乙羽信子さんとのコンビは圧倒的な支持を受けた。戦後の宝塚の黄金時代を築いた。

人物 / 略歴

春日野 八千代(かすがの やちよ、1915年(大正4年)11月12日 ~ 2012年(平成24年)8月29日)

兵庫県神戸市出身。本名は石井 吉子(いしい よしこ)。宝塚男役スター。

愛称ヨッちゃん。

宝塚歌劇団・専科に所属した男役。劇団名誉理事も務めた。元星組、雪組、花組主演男役クラス。元雪組組長。

◆ 略 歴

1928年(昭和3年)宝塚音楽歌劇学校(当時、音楽学校と歌劇團は一体である)に入学、翌年の1929年(昭和4年)に「春のをどり」で初舞台。

芸名の「春日野」は琵琶歌の歌詞の一節から、「八千代」は「君が代」からとり命名。宝塚歌劇団17期生。同期生には葦原邦子、冨士野高嶺(花柳祿春)ら、一期下には神代錦、園井恵子、桜緋紗子らがいる。入団当初娘役だったが身長(当時の日本人女性としては長身である)の問題などがあり早くに男役に転向した。

月組、ダンス専科、月組を経て、1933年(昭和8年)に誕生した星組に移動。雪組、花組、雪組を経て、1940年(昭和15年)雪組副組長、1945年(昭和20年)雪組組長、1949年(昭和24年)歌劇団理事に就任し、天津乙女と共に「宝塚の至宝」と呼ばれる。1950年(昭和25年)より演劇専科に所属。歌劇団史上、珍しい全組在籍経験者でもある(4組体制時代)。

淡島千景とは、淡島の現役生徒時代には、共演する機会がなかったが、1997年(平成9年)に「アデュー東京宝塚劇場」で初の共演を果たしている。

男役としても活躍した、故里明美、明石照子、寿美花代、淀かほる、那智わたる等も女役として相手役を務めている。

主演作品は多数あるが、1951年(昭和26年)に初演の「虞美人」の項羽と1952年(昭和27年)に初演の「源氏物語」の光源氏が最大の当たり役として挙げられる。なお、「源氏物語」の光源氏に対し、伊東深水は「最も源氏らしい源氏」、花柳章太郎は「春日野源氏」、長谷川一夫は「ヨッチャンの源氏には負けた」とそれぞれ評した。

1956年(昭和31年)「ローサ・フラメンカ」、天覧公演となった1958年(昭和33年)「光明皇后」を初めとして演出も手がける。しかし、いろいろな面で演出を職業とすることにはネックがあり諦めたと、後日、本人が語っている。

1939年(昭和14年)アメリカ公演、1966年(昭和41年)第4回ハワイ公演に参加するとともに、1961年(昭和36年)にはヨーロッパ演劇視察のため渡欧している。

外部出演も多く、長谷川一夫、二代目尾上松緑、山田五十鈴らと共演しているが、女役が精神的に重荷であるため、1981年(昭和56年)以降は一切断っている。また、「花柳舞踊研究会」、「三世花柳壽輔襲名披露」、名古屋をどりなど日本舞踊の舞台にも出演している。

1964年(昭和39年)兵庫県文化賞受賞、1979年(昭和54年)紫綬褒章受章、1984年(昭和59年)宝塚市文化功労賞受賞、1986年(昭和61年)勲四等宝冠章受勲、1999年(平成11年)宝塚市名誉市民、2006年(平成18年)兵庫県高齢者特別賞受賞。

晩年まで祝典公演への特別出演と「宝塚舞踊会」を活動の中心としており、近年の宝塚舞踊会では、四世花柳壽輔(五世花柳芳次郎)振付による新作舞踊が披露されることが多かった。

2004年(平成16年)5月2日の「飛翔無限」東京宝塚劇場公演千秋楽以降、体調を崩して舞台からは遠ざかっていたが、2006年(平成18年)10月20日に宝塚大劇場で行なわれた「第47回宝塚舞踊会」で約2年5ヶ月振りに舞台復帰し、大和楽「なみだ生島」を踊った。

2007年(平成19年)は1月25日に宝塚大劇場で行われた「小林一三没後50年追悼スペシャル『清く正しく美しく』-その教え護り続けて-」に出演、同年10月19日には、宝塚大劇場で行われた「第48回宝塚舞踊会」に前年に引き続いて出演し、長唄「振袖菊」を踊った。

2008年(平成20年)は10月24日に宝塚大劇場で行われた「第49回宝塚舞踊会」に出演し、自身のファンであり、かつて宝塚舞踊会においても共演した三世花柳壽輔を追悼して、清元「浜行平」を踊った。

2009年(平成21年)4月、1929年(昭和4年)4月の初舞台から数えて、舞台生活80周年を迎えた。同年6月15日、宝塚大劇場で行われた『宝塚歌劇95周年記念・「歌劇」通巻1000号記念スペシャル 百年への道』のトークコーナーにスペシャルゲストで出演。

2012年8月29日午前10時34分、肺炎のため大阪市内の病院で死去した。享年96歳。

特記事項

戦前、戦中、戦後にかけてさまざまな作品を残し、端整な美貌から「白薔薇のプリンス」「永遠の二枚目」の異名を取るなど、人気男役スターとして一世を風靡した伝説の二枚目男役。

亡くなるまで、宝塚歌劇団の現役生徒(団員)であり続け、宝塚歌劇団の歴史上で最年長の生徒であった。

著書に「白き薔薇の抄」(宝塚歌劇団)、「悔いなき一本の道」(神戸新聞社、「わが心の自叙伝 映画・演劇編」所収)がある。

◆ 春日野八千代 / 主な出演映画

◇ 「情艶一代女」(1951年2月公開)
◇ 「寳塚夫人」(1951年3月公開)
◇ 「元禄水滸伝」(1952年1月公開)
◇ 「春秋鏡山城」(1952年5月公開)
◇ 「かっぱ六銃士」(1953年8月公開)

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