追悼の森 =姫田忠義さん死去=

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映像記録作家  姫田忠義 さん死去

2013年(平成25年)7月29日 死去 享年84歳

姫田忠義写真  

映像記録作家  姫田忠義 さん死去

ドキュメンタリー作家の 姫田 忠義(ひめだ ただよし)さんが2013年(平成25年)7月29日午後9時55分、慢性閉塞(へいそく)性肺疾患のため横浜市青葉区内の病院で死去した。84歳だった。

民俗学者の宮本常一に師事し、1976年(昭和51年)に民族文化映像研究所を設立。アイヌの儀式イヨマンテや山間地の焼き畑農法などを撮影し、映像による民族文化の記録活動を続けた。主な作品に「イヨマンテ」や「アイヌの結婚式」など多くの作品がある。1989年(平成元年)、フランス芸術文化勲章 オフィシエを受勲。

人物 / 略歴

姫田 忠義(ひめだ ただよし、1928年9月10日 ~ 2013年7月29日)

神戸市和田岬に生まれる。ドキュメンタリー映画監督、映像民俗学者。

株式会社民族文化映像研究所(民映研)名誉所長。特定非営利活動法人「地球ことば村・世界言語博物館」顧問。

中央大学経済学部名誉教授で中国近現代史研究者の姫田光義は弟。長男はフルート演奏家の姫田大。次男の姫田蘭はミュージシャン、プロデューサー、民族文化映像研究所ブログ「民映研ジャーナル」担当。

◆ 略 歴

1941年に兵庫県立第四中学校に進学。

1944年に志願して予科練に入隊。

戦後、旧制神戸経済専門学校(新制神戸商科大学の前身、現在の兵庫県立大学)に通学、卒業。

住友金属工業に入社し、社内の演劇活動に誘われて参加し、演劇に熱中する。

住友金属工業を5年で退社。1954年に上京。「日本読書新聞」に掲載されていた民俗学者宮本常一の記事に興味を抱き、その人間的魅力に圧倒されて師事する。

NHKの人形劇「チロリン村とくるみの木」の演出を担当する。

1958年には、宮本常一から薦められた対馬に渡り、15日間にわたって村々を訪ね歩く。この際に出会った60歳の老人から、父親の借金を一生をかけて返済した話をされる。「わしは、あんたにこの話をするためにいままで生きてきたようなものだ」と言われて衝撃を受け、この言葉が以降の活動の原点となる。

その後、教養番組のシナリオライター業に従事。1961年にはカメラマンの伊藤碩男(のちに民映研の創立に参加)とともに、再度、対馬を訪れ、人々の姿をフィルムに撮影する。

1965年から1966年にかけて製作された、宮本常一が監修をつとめたテレビドキュメンタリー「日本の詩情」の取材・脚本・構成を担当。

1968年にはアイヌ文化研究者の萱野茂と出会い、アイヌの深い精神文化を教えられて感銘を受ける。

1968年~1970年には初の映画監督作品として、宮崎県の山村での、イノシシの首を神にささげる祭りを記録した「山に生きるまつり」を製作。

以降、近年に至るまで、日本各地に残る貴重な民俗文化(自然に依拠した人間の精神文化である「基層文化」)を映像に残し、100本を超える作品を制作。

主な作品に、「アイヌの結婚式」(1971年)「イヨマンテ-熊送り」(1977年)「椿山-焼畑に生きる」(1977年)「越後奥三面-山に生かされた日々」(1984年)「越後奥三面第2部-ふるさとは消えたか」(1995年)など。国内外で数々の賞を受賞し、海外でも高く評価されている。

1976年には「株式会社民族文化映像研究所」設立。1981年からは民族文化映像研究所内で、その映像を定期上映する活動「アチック・フォーラム」を開始した。

1989年、フランス芸術文化勲章オフィシエ受勲。
1998年、日本生活文化大賞個人賞を受賞。
2000年、「民族文化映像研究所」が団体として、文化財保護功労者表彰団体受賞。
2006年、伝統文化ポーラ賞優秀賞を受賞。
2007年、日本建築学会文化賞を受賞。

2011年4月、日本映画大学特任教授就任。

2013年7月29日、慢性閉塞性肺疾患のため死去した。84歳没。

特記事項

2012年6月、民族文化映像研究所所長の職を退任、名誉所長に就任(代表取締役社長 小原信之)。

◆ 姫田忠義 / 映画作品(1990年以降)

◇ 茂庭のしなだ織 1990年
◇ イザイホー1990年 久高島の女たち 1990年
◇ 旧原家住宅の復元 1990年
◇ 根知山寺の延年 1991年
◇ 茂庭の焼畑 1991年
◇ 小川和紙 1991年
◇ 神と紙 その郷のまつり 1992年
◇ 茂庭の暮らし 狩猟・漁労・採集 1992年
◇ 埼玉の箕づくり 1993年
◇ 那珂川の漁労 1993年
◇ 寝屋子 海から生まれた家族 1994年
◇ 平方のどろいんきょ 1994年
◇ 越後奥三面第二部 ふるさとは消えたか 1995年
◇ 日光山地の鹿狩り 1995年
◇ 飛騨国白川郷世界遺産登録記念 コガヤとともに 1996年
◇ シシリムカのほとりで アイヌ文化伝承の記録 1996年
◇ たまはがね 子どもがひらいた古代製鉄の道 1997年
◇ 太平洋の中の新島 火山島・新島の成り立ち 1997年
◇ 新島の植物 1997年
◇ 集落の成り立ち 1997年
◇ 漁の世界 海と新島1 1997年
◇ 舟づくり 海と新島2 1997年
◇ くさやづくり 海と新島3 1997年
◇ 新島の年中行事 正月行事 1997年
◇ 新島の年中行事 盆行事 1997年
◇ 新島の真田織り 1997年
◇ 稲ワラの恵み 飛騨国白川郷 1997年
◇ 川の大じめ 埼玉県上尾市川 1998年
◇ 七島正月 鹿児島県十島村悪石島 1998年
◇ 草・つる・木の恵み 飛騨国白川郷 1998年
◇ 越前笏谷石 石と人の旅 2000年
◇ 越前笏谷石 石と人の旅(短縮版) 2000年
◇ 飛騨白川郷のどぶろく祭り 2000年
◇ 竹の焼畑 十島村悪石島のアワヤマ 2001年
◇ 美濃 はなしの里-2003年美並村の原風景 2003年
◇ 粥川風土記 2004年

◆ 姫田忠義 / 著書

◇ ウウェペケレ集大成 萱野茂:採録・解説,姫田忠義:執筆協力・◇ 談聞き手 アルドオ 1974
◇ 森林への期待 姫田忠義編著 全国林業改良普及協会 1974
◇ ほんとうの自分を求めて 筑摩書房, 1977.5
◇ 樹木風土記 木と日本人 未來社, 1980.12
◇ 子育ての民俗をたずねて いのちと文化をつなぐ 柏樹社, 1983.6
◇ 私の民衆風土記 周辺への旅 未來社, 1983.8
◇ 山と里のフォークロア 民俗と風土への旅 はる書房, 1984.6
◇ 伝える 混沌のなかから1 姫田忠義編 未來社, 1985.11
◇ 伝える 混沌のなかから2 姫田忠義編 未來社, 1986.3
◇ 伝える 混沌のなかから3 姫田忠義編 未來社, 1987.2
◇ 忘れられた日本の文化 撮りつづけて三○年 岩波書店, 1991.4
◇ 野にありて目耳をすます 姫田忠義対談集1 民族文化映像研究所編 はる書房, 1996.3
◇ 野にありて目耳をすます 姫田忠義対談集2 民族文化映像研究所編 はる書房, 1996.12
◇ 育ちゆく純なるものへ 映像民俗学の贈り物 紀伊國屋書店映像情報部, 2005.6
※ 他に、民族文化映像研究所が発行のシナリオ、パンフレット等多数。

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