追悼の森 =江副浩正さん死去=

I was thunderstruck at the news of his death

Top Page    有名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】 著名人訃報一覧【あ~い~う~え~お】  著名人訃報一覧 2013年 著名人訃報一覧 Ver.8
nagomi画像
Smart Phone
スマートフォンサイト訃報

リクルートの創業者  江副浩正 さん死去

2013年 (平成25年) 2月8日 死去 享年76歳

江副浩正写真  

リクルートの創業者 江副浩正 さん死去

情報、人材サービス大手のリクルートの創業者で、「リクルート事件」で有罪が確定した 江副 浩正(えぞえ ひろまさ)元会長が2013年(平成25年)2月8日午後、肺炎のため東京都内の病院で死去した。76歳だった。

「ベンチャー企業の走り」と呼ばれたリクルートグループを創業し、その後、政官財界を巻き込んだ「リクルート事件」で贈賄罪に問われ 1989年(平成元年)2月に逮捕された。2003年(平成15年)、東京地裁で懲役3年 執行猶予5年の有罪判決を受けた。事件後は企業経営の一線から退き、財団法人江副育英会の理事長を務めていた。

人物 / 略歴

江副 浩正(えぞえ ひろまさ、1936年(昭和11年)6月12日 ~ 2013年(平成25年)2月8日)

東京都出身。実業家。

特例財団法人江副育英会理事長。

1988年(昭和63年)に発生した「リクルート事件」の贈賄側人物として知られる。

◆ 略 歴

甲南中学校から高等学校を経て、東京大学教育学部教育心理学科卒業。

リクルートを創業し、大企業に成長させた。

1988年(昭和63年)1月会長に就任、同年6月に「リクルート事件」報道が始まり、1989年(平成元年)2月に逮捕。リクルート裁判は14年、開廷数322回という日本の裁判史上記録的な数字であった。

2003年(平成15年)3月限りなく無罪に近い執行猶予付き有罪判決を受けた。

◆ 生い立ち ~ リクルート事件

1936年(昭和11年)6月、江副良之、マス子の長男として母親の郷里の愛媛県越智郡波方村(現在の今治市)に生まれた。

父・良之は教師。良之の最初の赴任校、今治実科高等女学校の教え子が浩正の実母マス子(旧姓菊川)である。

豊中市立克明小学校から甲南中学・高校に進学。

大学在学中に財団法人東京大学新聞社で企業向けの営業を覚えた江副は、リクルートの前身である株式会社大学広告を設立。

東京の一等地の不動産に建物を建てるほどリクルートを成長をさせたが、財界でリクルートを注目させるべく政界を初めとして様々な業界との交流を深めようとしたが、それがリクルート事件のきっかけとなった。

1988年(昭和63年)、いわゆる「リクルート事件」が発覚、国会での証人喚問に召喚された。同年、リクルート会長を退任。1989年(平成元年)2月に贈賄容疑で逮捕され、贈賄罪で起訴。2003年(平成15年)に東京地裁にて懲役3年執行猶予5年の有罪判決を受け、被告人・検察とも控訴せず同判決は確定。

◆ 晩年

2001年(平成13年)からオペラの興行団体「株式会社ラ ヴォーチェ」の代表を務める他、新国立劇場東京オペラシティの支援に尽力している。

2013年2月8日午後、肺炎のため東京都内の病院で死去した。享年76歳。

特記事項

リクルート事件に関しては長らく心の傷を引きずり、その多くを語ることはなかったが、2009年(平成21年)の手記『リクルート事件・江副浩正の真実』で初めて当時の心情を縷述した。

◆ 江副浩正 著書

◇ 2007年3月 - 『リクルートのDNA 起業家精神とは何か』 角川書店
◇ 2003年10月 - 『かもめが翔んだ日』朝日新聞社
◇ 2007年8月 - 『不動産は値下がりする! 「見極める目」が求められる時代』 中央公論新社
◇ 2009年10月 - 『リクルート事件・江副浩正の真実』中央公論新社

◆ A Related Words :
江副浩正 子/江副浩正 家族/江副浩正 名言/江副浩正 不動産/江副浩正 住所/スペースデザイン 江副浩正/リクルート 江副浩正/江副浩正 お別れの会/江副浩正 お別れ会/江副浩正 Wiki/江副浩正 プロフィール/江副浩正 略歴/江副浩正 死去

Page Top

スマートフォン / PC サイト