追悼の森 =小松一郎さん死去=

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前内閣法制局長官 小松一郎 さん死去

2014年(平成26年)6月23日 死去 享年63歳

小松一郎写真  

前内閣法制局長官 小松一郎 さん死去

内閣法制局長官在任中、安倍総理が推し進める集団的自衛権行使容認の必要性を訴え、先月、体調不良のため退任し、内閣官房参与を務めていた 小松 一郎(こまつ いちろう)さんが2014年(平成26年)6月23日未明、東京都杉並区内の自宅で死去した。63歳だった。

外務省の国際法局長などを経て、去年8月に外務省出身者としては初の内閣法制局長官に就任。第1次安倍内閣の際に設けられた集団的自衛権を巡る有識者懇談会の運営にも関与したことなどから、行使容認に意欲を示す安倍総理が起用を決めた。今年の1月に腹腔部に腫瘍が見つかり、入院治療後、通院しながら職務に当たっていた。その後も体調が回復せず、今年5月に退任し内閣官房参与を務めていた。

人物 / 略歴

小松 一郎(こまつ いちろう、1951年(昭和26年)3月8日 ~ 2014年(平成26年)6月23日)

兵庫県出身。外交官。

長く国際法関係を担当し、外務省欧州局長、国際法局長、駐フランス特命全権大使、内閣法制局長官、内閣官房参与を歴任。

◆ 略 歴

聖光学院中学校・高等学校を経て、外務公務員I種試験(=外交官採用試験)合格を機に一橋大学法学部を3年で中退。

1972年に外務省に入省。フランス留学を経て、在フランス日本国大使館に着任。1982年のミッテラン大統領来日時には通訳を務めた。

長く国際法畑を歩み、条約局条約課課長補佐、条約局法規課長、条約局条約課長、条約局担当参事官、条約局審議官を歴任。2005年から2008年まで、条約局から改組された国際法局長を務めた。

2006年6月に行われた大韓民国との排他的経済水域境界画定交渉に日本代表として参加。

2007年には第1次安倍内閣で、日本国憲法第9条は集団的自衛権の行使を禁ずるものではないと、従来の内閣法制局見解とは異なる解釈を示した安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会の立案実務を担当。

また、衆議院イラク復興支援特別委員会において、テロ対策特別措置法に関し、自衛隊インド洋派遣について「自衛権の行使として説明しなければならないものではない」と説明した。

2011年、駐フランス特命全権大使に就任。2012年11月10日付で、ル・モンド紙に尖閣諸島の領有権が日本にあることを主張する一文を寄稿した。

2013年8月8日付で、駐フランス大使から内閣法制局長官に就任した。就任時のインタビューで、集団的自衛権の行使を禁じているとの憲法解釈を積極的に見直す考えを明らかにした。

2014年1月23日、体調を崩して入院。1か月後の2月24日、公務に復帰した。

同年3月4日の参議院予算委員会では、日本共産党の小池晃参議院議員がイラク特措法やテロ特措法の条文解釈について菅義偉官房長官に質問したのに、率先して答弁に立ち、質問にないことについても答弁が及んだため「私が聞いたことにちゃんと答えてくださいね。後半だけ聞いたんですよ。憲法の番人なんだから、安倍政権の番犬みたいなことをしないでください。」と言われた。

これに対して、翌日の同委員会において、他党の議員からの質問に「…ところで、昨日の本委員会の御審議において、他の党の所属の委員ではございますが、御質問の中で安倍内閣の番犬という御発言がございました。私としてはこのような御指摘をお受けすることはできません。この委員の所属されている政党は日頃、国民の基本的人権を殊更重視しておられます。僣越でございますが、私は内閣法制局長官として、国家公務員にもプライバシーや名誉に関わるものを含め憲法上基本的人権が保障されているということを申し上げたいと思います。」と答弁した。

同年3月7日の参議院予算委員会終了後、国会内の廊下で、日本共産党の大門実紀史参議院議員から「『番犬』の表現は不適切だったが、反論するなら、うち(日本共産党)の質問の時にしてほしい」「あなたはそんなに偉いのか」と言われたため、「偉くはないが基本的人権はある」と言い返し、衆人環視のもと激しい口論となった。

この問題で野党側から釈明を求められ、3月11日に参議院予算委員会理事会で謝罪した。

3月12日には大門の事務所で謝罪したが、その場で大門が「お辞めになって療養すれば」と伝えたことに、「そういうことを言うべきではない」とさらに反論して、結局けんか別れとなった。

安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会からの報告書が出されたことを受け、2014年5月16日に体調不良を理由に内閣法制局長官を退任し、内閣官房参与となった。

2014年6月23日未明に東京都杉並区の自宅で死去し、同日夜に内閣総理大臣安倍晋三の弔問を受けた。63歳没。

特記事項

フランス共和国レジオンドヌール勲章コマンドゥール受章。

国際法に詳しく、専門書の執筆も行う。知能指数が極めて高いことで知られた。

好きな女優は真木よう子。

◆ 小松一郎 / 著書

◇ 『実践国際法』信山社 (2011-11-5)

◆ 小松一郎 / 主な論文

◇ 「GATTの紛争処理手続と『一方的措置』」 - 1990年
◇ 「国際司法裁判所の1990年選挙の結果について」 - 1991年
◇ 「公海漁業の規制と国家管轄権」 - 1998年
◇ 「欧州統合の進展と日本」 - 2004年
◇ 「中央アジア+日本」対中央アジア政策の新展開 - 2004年
◇ 「国際法の履行確保と国内裁判所におる国際法の適用/米国POW訴訟をめぐって - 2006年
◇ 「日本外交と法の支配」- 2008年
◇ 「外交実務で『国際法を使う』ということ」- 2009年
◇ 「紛争処理と外交実務」- 2009年

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