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落語家、タレント 桂 小金治 さん死去

2014年(平成26年)11月3日 死去 享年88歳

桂小金治写真  

落語家、タレント 桂小金治 さん死去

ワイドショーの司会や、映画、テレビドラマなどでも活躍した落語家でタレントの 桂 小金治(かつら こきんじ)さんが 2014年(平成26年)11月3日午後4時45分、肺炎のため神奈川県川崎市麻生区内の病院で死去した。88歳だった。

戦後の1947年(昭和22年)に2代目桂小文治に入門。1952年、落語家の二つ目から役者に転じ、映画やテレビドラマ、バラエティ番組に数多く出演し、1966年(昭和41年)から7年半にわたり司会を務めた「アフタヌーンショー」では、政治批判も辞さず「怒りの小金治」として人気を博した。その後に担当した「それは秘密です!!」では人情味あふれる司会ぶりで、お茶の間の涙を誘った。晩年は再び落語にも取り組んでいた。

人物 / 略歴

桂 小金治(かつら こきんじ、1926年10月6日 ~ 2014年11月3日)

東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)出身。本名は田辺 幹男(たなべ みきお)。落語家、タレント。

桂小金治事務所所属。元俳優の山岸快は孫である。

◆ 略 歴

京王商業学校(現:専修大学附属高等学校)卒業。

1947年、2代目桂小文治に入門して落語家となる。

次代の名人候補として将来を嘱望されたが映画俳優に転身。

昭和中期から映画やテレビドラマ、バラエティ番組に数多く出演し、ワイドショーの名司会者としても名を馳せた。

◆ 桂小文治 / 略年譜

◇ 1926年 - 東京府豊多摩郡杉並町(現:東京都杉並区)の魚屋の息子として生まれる。

◇ 1945年 - 特別幹部候補生として陸軍少年戦車兵学校へ入校。在校中に終戦。

◇ 1947年 - 日本芸術協会副会長・2代目桂小文治に入門し「小竹」を名乗る。

◇ 1949年 - 二つ目昇進、「小金治」を名乗る。

◇ 1952年 - 映画「こんな私じゃなかったに」で映画デビュー。

◇ 1955年 - テレビに進出。

◇ 1959年 - 東京映画(東宝系の映画会社)に移籍。

◇ 1961年 - 日活に移籍。石原裕次郎、高橋英樹と多く共演。

◇ 1966年 - ワイドショー「アフタヌーンショー」で司会を担当。この番組で「怒りの小金治」の異名をとる。

◇ 1975年 - バラエティ番組「それは秘密です!!」で司会を担当。「泣きの小金治」と呼ばれた。

◇ 2006年 - テレビドラマ「セーラー服と機関銃」に出演。

◇ 2011年 - 高座からの引退を宣言。

◇ 2014年 - 11月3日、肺炎のため神奈川県川崎市麻生区の病院で死去した。88歳没。

特記事項

平成以降は放送メディアに登場する機会は少なくなっていたが、全国各地で講演活動を展開しており、落語を口演する機会もあった。江戸前の歯切れの良い滑舌で、高座では古き良き時代の江戸落語を聴かせていた。

◆ 桂小金治 / 著書

◇ ケラの水渡り - 1967年(報知新聞社)
◇ それは秘密です!! - 1980年(日本テレビ)
◇ 泣いて、叱る―ぼくの体当たり教育論 - 1995年(講談社)
◇ 江戸っ子の教訓 - 2007年(幻冬舎)

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