追悼の森 =岸 朝子さん死去=

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食生活ジャーナリスト 岸 朝子 さん死去

2015年(平成27年)9月22日 死去 享年91歳

岸朝子写真 

食生活ジャーナリスト 岸 朝子 さん死去

「おいしゅうございます」の名文句で親しまれ、食の大切さを広く伝えた食生活ジャーナリストの 岸 朝子(きし あさこ)さんが 2015年(平成27年)9月22日午前3時16分、心不全のため東京都千代田区内の病院で死去した。91歳だった。

女子栄養学園(現:女子栄養大学)卒業。主婦だった1955年(昭和30年)、主婦の友社入社。その後、女子栄養大学出版部に移り、月刊誌「栄養と料理」の編集長を務めた。有名人の食事紹介や食べ歩きなどの企画をいち早く打ち出すなど、料理記者の草分け的存在だった。1993年(平成5年)に始まったフジテレビ系の人気番組「料理の鉄人」で、「料理記者歴40年」の審査員として活躍。上品なコメント「おいしゅうございます」の名文句で親しまれた。

人物 / 略歴

岸 朝子(きし あさこ、1923年11月22日 ~ 2015年9月22日)

東京に生まれる。料理記者、食生活ジャーナリスト。

旧姓は宮城(みやぎ)。

◆ 略 歴

沖縄出身の両親のもと、東京で生まれる。

府立第三高女(現:東京都立駒場高等学校)を経て、1942年、女子栄養学園(現:女子栄養大学)卒業。

東大農学部勤務後、21歳で軍人と見合い結婚し、1947年から夫婦で千葉県でカキの養殖業を手がける。

その後、出産を経て、1953年に養殖業を廃業して東京へ移住。

1955年に主婦の友社の「料理の好きな家庭婦人を求む」の求人に応募して入社し、4人の子どもを育てながら料理記者としてスタートを切る。

その後、女子栄養大学出版部に移り、1968年から雑誌『栄養と料理』の編集長を10年間務める。

この時期、食べ歩きや食器の楽しみ方など新しい企画を次々と出し『栄養と料理』の販売部数を倍にした。

1979年に女性ばかりの編集プロダクション「株式会社エディターズ」を設立して独立。料理・栄養に関する雑誌・書籍を多数出版。

1993年から6年間、フジテレビ系列の人気番組『料理の鉄人』に審査員としてレギュラー出演。「料理記者歴40年」が肩書きだった。

試食の際の「おいしゅうございます」という表現がブームとなる。

2015年9月22日、東京都千代田区の病院にて、心不全のため死去。91歳没。

特記事項

趣味は読書、音楽鑑賞、旅行。喫煙者。

料理記者時代に師である香川綾が考案した料理のレシピで使われる大さじ・小さじなどの分量の規定の普及に貢献した。

姉はウィンナーに切り込みを入れて食べやすくすることを日本で最初に考案して世の中に広め、また、たこさんウィンナーの考案者として有名な料理研究家の尚道子。

◆ 岸 朝子 / 主な著書

◇ 『岸朝子のおいしゅうございますね。』(ベストセラーズ)
◇ 『だから人生って面白い』(大和書房)
◇ 『岸朝子の太鼓判』(平凡社)
◇ 『東京五つ星の手みやげ』(東京書籍)
◇ 『【続】東京五つ星の手みやげ』(東京書籍)

◆ 主なテレビ出演

◇ 岸朝子のNippon食遺産 第2章(旅チャンネル)
◇ 裸の少年(テレビ朝日) - 食の七賢人として登場
◇ 料理の鉄人(フジテレビ) - 審査委員として登場
◇ グルメガーディアンズ(フジテレビ、2003年4月3日)
◇ 嵐にしやがれ(日本テレビ、2010年10月16日) - キッチンバトルの審査員として登場

◆ 岸 朝子 / 受賞歴

◇ 1997年 食生活文化金賞(財団法人日本食生活文化財団)
◇ 1998年 文化功労賞(沖縄県大宜味村)
◇ 1999年 バッカス賞(オーストリア政府)
◇ 2006年 農事功労賞シュヴァリエ(フランス政府)

◆ A Related Words :
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