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元総務大臣 鳩山 邦夫 さん死去

2016年(平成28年)6月21日 死去 享年67歳

鳩山邦夫写真 

元総務大臣 鳩山 邦夫 さん死去

法相や総務相を歴任した自民党衆院議員の 鳩山 邦夫(はとやま くにお)さんが2016年(平成28年)6月21日午前11時35分、十二指腸潰瘍のため東京都内の病院で死去した。67歳だった。

祖父は一郎元首相、父は威一郎元外相、兄は由紀夫元首相。東大法学部を卒業後、田中角栄元首相の秘書などを経て、1976年(昭和51年)に衆院初当選。1991年に宮沢内閣で文部相として初入閣。1993年に離党し、1996年に由紀夫氏らと旧民主党を立ち上げた。兄弟対立が深まって離党し、無所属で1999年の都知事選に立候補するも、石原慎太郎元知事に敗れた。2000年に自民党に復党してからは法務相や総務相を歴任。派閥横断グループ「きさらぎ会」を率い、安倍晋三首相を支えていた。最近は急激にやせたため、体調不安がささやかれていた。

人物 / 略歴

鳩山 邦夫(はとやま くにお、1948年(昭和23年)9月13日 ~ 2016年(平成28年)6月21日)

東京都に生まれる。政治家。

自由民主党所属の衆議院議員(13期)。

文部大臣(第116代)、労働大臣(第59代)、法務大臣(第79・80代)、総務大臣(第10代)、内閣府特命担当大臣(地方分権改革)、民主党副代表、裁判官訴追委員会委員長、地方創生に関する特別委員会委員長等を歴任した。

◆ 略 歴

東京大学法学部政治学科卒業。

卒業後、同公法学科に学士入学し卒業。

早くから政界入りを志望し、田中角栄の下を訪ねる。

その後、田中の秘書となり、事務所では中村喜四郎と机を並べた。

1976年(昭和51年)の第34回衆議院議員総選挙に新自由クラブ推薦で旧東京8区から出馬し、初当選。

同じく無所属の宇都宮徳馬、麻生良方と衆院無党派クラブを結成した(1978年に解散)。

1979年(昭和54年)の第35回衆議院議員総選挙において落選。

しかし、わずか8か月後に行われた第36回衆議院議員総選挙で国政復帰を果たす強運に恵まれる。

1991年(平成3年)、宮澤内閣で文部大臣に就任し、政界入りから16年目で初入閣を果たした。

文相在任中、「学力偏差値追放」を訴え一斉業者テストを廃止した。

1993年(平成5年)に自民党を離党し、第40回衆議院議員総選挙では無所属で当選。

1994年(平成6年)1月、前年に自民党を離党した西岡武夫、石破茂らと院内会派・改革の会を結成した。

細川護煕首相の退陣を受けて発足した羽田内閣では労働大臣に就任するも、羽田内閣は2ヶ月で退陣に追い込まれた。

改革の会は高志会、新党みらい、自由党と共に自由改革連合を結成するが、同年12月に解散し、新進党結党に参加した。

1996年(平成8年)に新進党を離党し、兄・由紀夫らと旧民主党を結党、副代表に就任する。

更に1998年(平成10年)、民政党の合流により民主党が結成され、東京都連初代会長に就任した。

しかし、党の路線をめぐり、徐々に兄弟間で対立が目立つようになった。

その後、民主党を離党し、1999年東京都知事選挙に立候補した。

石原慎太郎の後塵を拝し、2位で落選した(3位は東大法学部の同級生である舛添要一)。

都知事選落選後は民主党からは距離を置き、2000年(平成12年)に自民党に復党。

2000年(平成12年)の第42回衆議院議員総選挙では、東京ブロック比例単独候補として出馬し、当選。

2002年(平成14年)に衆院議院運営委員長に就任した。

2003年(平成15年)の第43回衆議院議員総選挙では突然「あのような人物を一国の総理にするわけにはいかない」と、民主党代表の菅直人の選出選挙区である東京都第18区に国替えし、出馬。小選挙区では落選したが比例東京ブロックで復活当選した。

2005年(平成17年)の第44回衆議院議員総選挙から、母方の祖父・石橋正二郎(ブリヂストン創業者)の出身地である久留米市を主要地盤とする福岡県第6区へ国替えし当選した。

2006年(平成18年)9月の自由民主党総裁選挙への立候補に向け活動していたが、推薦人を集められず立候補を断念。麻生太郎を支持した。

2007年(平成19年)の安倍改造内閣で法務大臣に就任(鳩山自身は13年ぶりの入閣)。

2007年自由民主党総裁選挙では麻生太郎自由民主党幹事長の推薦人代表を務めた。

そのため福田康夫内閣では入閣しないと見られていたが、福田内閣でも法務大臣に再任された。

2008年(平成20年)5月、津島派の役員人事で、会長代理から改編された会長代行に就任。

同年9月に発足した麻生内閣では総務大臣兼内閣府特命担当大臣(地方分権改革)に就任。

しかし、翌2009年(平成21年)6月12日、日本郵政西川善文社長の進退問題を受け、辞任(事実上の更迭)。

政界再編のための新党構想を公言するも、邦夫も兄・由紀夫同様実母から多額の贈与を受けていた問題が発覚。

2010年(平成22年)3月15日、自民党に離党届を提出し、24日の党紀委員会で了承された。

2012年(平成24年)12月16日の第46回衆議院議員総選挙には無所属で出馬し、自民党の推薦を受けて12選を果たした。

翌日、安倍晋三総裁宛ての復党願を同党福岡県連に提出。

その後、党紀委員会にて復党が了承され、11日後の12月28日に2年ぶりに復党した。

2014年(平成26年)12月14日の第47回衆議院議員総選挙には自民党公認で出馬し、13選。

2016年(平成28年)、6月1日の第190通常国会最終日の衆議院本会議に激しく痩せた姿で出席。

永田町界隈では『どこか体が悪いのではないか』という声が出ていた。

6月21日、十二指腸潰瘍のため、都内の病院で死去した。67歳没。

特記事項

鳩山さんの死去に伴う衆院福岡6区の補欠選挙は、10月23日に実施される見通し。

◆ 家族・親族

◇ 曾祖父・和夫(政治家・衆議院議長)
◇ 曾祖母・春子(共立女子大学創立者)
◇ 祖父・一郎(政治家・内閣総理大臣)
◇ 祖母・薫(共立女子大学学長、父は貴族院議員寺田栄)
◇ 大叔父・秀夫(東京大学法学部教授)
◇ 大伯母・カヅ(司法大臣鈴木喜三郎に嫁ぐ)
◇ 父・威一郎(外務大臣)
◇ 母・安子(ブリヂストン創業者石橋正二郎長女)
◇ 叔母・信子(指揮者渡邉暁雄に嫁ぐ)
◇ 姉・和子(鳩山友愛塾塾長、工学博士・筑波大学名誉教授井上多門夫人)
◇ 兄・由紀夫(政治家・元内閣総理大臣・民主党)
◇ 妻・エミリー(元タレント、高見エミリー)
◇ 長男・太郎(政治家・元東京都議会議員・総務大臣政務秘書官)
◇ 長女・華子 - 高実華子の名で歌手、たかみはなこ(高見華子)の名でイラストレーターとして活動
◇ 次男・二郎(政治家・大川市長・元法務大臣政務秘書官)
◇ 義姉・幸(宝塚歌劇団卒業生。宝塚歌劇団在団時の芸名・若みゆき)
◇ 甥・紀一郎(元東京大学大学院工学系研究科助教)
◇ 従兄・成毛滋(ギタリスト。石橋正二郎次女・典子の息子)

◆ 主な所属議員連盟

◇ 途上国貧困問題解決議員連盟 - 会長
◇ 自然との共生を考える国会議員の会 - 会長
◇ 党自然との共生会議 - 議長
◇ 校庭の緑化(芝生化)推進議員連盟 - 副会長
◇ 環境・省エネ住宅政策を推進する議員連盟 - 副会長
◇ シックハウス対策推進議員連盟
◇ 内水面漁業振興議員連盟 - 会長
◇ 気体エネルギー議員連盟 - 会長
◇ 国土幹線天然ガスパイプライン建設推進議員連盟 - 会長
◇ 日本中米カリブ友好議員連盟 - 会長
◇ 日本アルゼンチン友好議員連盟 - 会長
◇ 日本イタリア友好議員連盟 - 顧問
◇ 日本ベラルーシ友好議員連盟 - 事務局長
◇ 日華議員懇談会
◇ 日韓議員連盟
◇ みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
◇ TPP交渉における国益を守り抜く会
◇ 平城遷都1300年記念事業推進議員連盟 - 幹事
◇ 憲法調査推進議員連盟 - 副会長
◇ 子どもと本の議員連盟 - 会長
◇ 短期大学振興議員連盟 - 顧問
◇ 自民党動物愛護管理推進議員連盟 - 会長
◇ 獣医師問題議員連盟 - 幹事
◇ 日本置き薬議員連盟
◇ デノミ推進議員懇談会 - 会長
◇ 自民党遊技業振興議員連盟(自民党パチンコ議連)

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