追悼の森 =富永 一郎さん死去=

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漫画家 富永一郎 さん死去

2021年(令和3年)5月5日 死去 享年96歳

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漫画家 富永 一郎 さん死去

風刺とナンセンスを効かせた作品で人気を集めた漫画家の 富永 一朗(とみなが いちろう)さんが 2021年(令和3年)5月5日15時30分、老衰のため東京都世田谷区内の自宅で死去した。96歳だった。

大分県佐伯市で少年時代を過ごし、1951年に漫画家を目指して上京。子ども向けから社会を風刺した漫画まで数多くの作品を執筆。代表作「チンコロ姐ちゃん」や「ポンコツおやじ」など、独特の画風と軽快なせりふ回しでファンを獲得。テレビのバラエティー番組「お笑いマンガ道場」にも出演、明るいキャラクターで親しまれた。

人物 / 略歴

富永 一朗(とみなが いちろう、1925年(大正14年)4月25日 ~ 2021年5月5日)

京都府京都市に生まれる。漫画家。

勲等は勲四等。

岡山県高梁市(旧:川上町)名誉市民。

◆ 略 歴

3歳のとき父を肺結核で失う。

大分県立佐伯中学(現在の大分県立佐伯鶴城高等学校)に2番の成績で合格。

台湾の台南師範学校(現在の国立台南大学)に入学。

在学中は学徒動員で兵隊に取られ、二等兵として半年間高射砲の訓練を受け、台南市の高射砲陣地に配属される。

敗戦後、教員免状を得て台南師範学校を卒業。

1946年3月に引き揚げ帰国。

佐伯市立鶴岡小学校で理科と図画の教師となった。

1951年4月に教職を辞して上京し、『サンデー毎日』に漫画を投稿。

1955年に母方の従姉と結婚し、世田谷区赤堤に新居を持つ。

35歳の時に描き始めた『チンコロ姐ちゃん』が代表作となった。

週刊誌の創刊ブームが追い風となって人気を獲得。

仕事を断れない性格が災いし、やがて同時に25本の連載を抱えるにいたった。

1962年11月に、杉浦幸雄や近藤日出造が率いる漫画家グループ「漫画集団」に加入。

1976年より1994年まで放送された長寿番組、『お笑いマンガ道場』にレギュラー出演。

1986年、日本漫画家協会漫画賞大賞受賞

1992年に紫綬褒章、1998年に勲四等旭日小綬章を受章。

恰幅いい体型がトレードマークだったが、還暦を超えて糖尿病と診断され、一転生活を改めた。

「健康じいさん」を自称し、模範患者として医療関係のシンポジウムや講演を通じて啓発活動を行い、闘病記も著した。

近時は各種マンガ・絵画コンテストの審査員などを務めている。

妻との間に子はおらず、2002年に死別後はひとり暮らしをしていた。

2021年5月5日15時30分、老衰のため東京都世田谷区の自宅にて死去。96歳没。

特記事項

富永一朗海の漫画館:大分県佐伯市鶴見大字沖松浦513-1

歌をうたうのが大好きで、「一日うちにいるとまず30曲は歌います」という。

生前寿陵墓を功徳院 すがも平和霊苑内に建立している。

◆ 代表的な作品

◇ チンコロ姐ちゃん
◇ ポンコツおやじ
◇ せっかちネエヤ
◇ びっくりはるあき
◇ ビックリ春秋(全国の地方紙に連載)

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