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歌手  青江三奈 さん死去

2000年(平成12年)7月2日 死去 享年59歳

青江三奈写真  

歌手  青江三奈 さん死去

ブルース演歌で一時代を築いた歌手の 青江 三奈(あおえ みな)さんが2000年(平成12年)7月2日、すい臓がんのため東京都内の病院で死去した。59歳だった。

1966年(昭和41年)、「恍惚のブルース」でメジャーデビュー。以後、「伊勢佐木町ブルース」や「長崎ブルース」などが大ヒットした。ため息路線と呼ばれ「伊勢佐木町ブルース」の冒頭部分は特に有名である。1999年(平成11年)1月23日のコンサートを最後に病気療養のため一切の歌手活動を停止していた。

人物 / 略歴

青江 三奈(あおえ みな、1941年5月7日 ~ 2000年7月2日)

東京都江東区砂町出身。本名は井原静子(いはら しずこ)。

◆ 略 歴

成徳学園高等部卒業。

芸名は、川内康範が『週刊新潮』で連載していた小説「恍惚」のヒロインの歌手の名前に由来する。

高校在学時から東京・銀座の「銀巴里」でステージに立つ。

高校卒業後、1966年、「恍惚のブルース」でメジャーデビュー。

以後、1968年に「伊勢佐木町ブルース」、「長崎ブルース」、翌1969年には「池袋の夜」が大ヒット。

森進一と並んで「ため息路線」と呼ばれ、「伊勢佐木町ブルース」の冒頭部分は特に有名である。

1999年1月23日、渋谷公会堂のコンサートを最後に、病気療養のため一切の歌手活動を停止。

当初は膵炎と公表されたが、実際は膵臓癌であった。その後は闘病生活を送り続けていた。

2000年(平成12年)7月2日、すい臓がんのため東京都内の病院で死去した。享年59歳。

特記事項

自身本来の生年月日は1941年5月7日であるが、芸能活動におけるプロフィール上では1945年7月7日としていた。

若き日の青江に大井町で同居しながら長年にわたり歌唱指導を行い 死亡直前に婚約した作曲家の花礼二と青江の兄弟との間で、激しい遺産争奪戦が起こりマスコミの話題を呼んだ。さらには後にその兄弟の間でも遺産争奪戦が起こり、訴訟沙汰になっている。

◆ 青江三奈 / 主な歌唱曲

◇ 恍惚のブルース (80万枚 1966年 デビュー曲)
◇ 伊勢佐木町ブルース(100万枚 1968年 日本レコード大賞歌唱賞)
◇ 札幌ブルース(40万枚 1968年)
◇ 長崎ブルース (120万枚 1968年)
◇ 新宿サタデーナイト (60万枚 1968年)
◇ 池袋の夜(150万枚 1969年 日本レコード大賞歌唱賞)
◇ 国際線待合室(80万枚 1969年 同名映画の主題歌)
◇ 夜の瀬戸内(1970年 映画「女の警察 乱れ蝶」主題歌)
◇ 昭和おんなブルース(1970年 日本レコード大賞作詞賞)
◇ 長崎未練(1971年)
◇ 木屋町の女(1972年)
◇ 日本列島・みなと町 (1972年)
◇ 盛岡ブルース(30万枚 1979年)
◇ 大田(テジョン)ブルース(30万枚 1984年)
◇ 中洲・那珂川・涙街(1985年 NHKあなたのメロディー、1984年度年間最優秀曲賞受賞曲)
◇ ラーメンブルース(1991年 清水アキラとのデュエット曲)
◇ 恋命(1997年 川内康範による作詞作曲)
◇ しのび逢いそっと(1998年 生前最後に発売した楽曲)
◇ 炎のように火のように(2000年 未発表曲、死後に発売)

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