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作曲家  古関裕而 さん死去

1989年(平成元年)8月18日 死去 享年80歳

古関裕而写真  

作曲家  古関裕而 さん死去

ヒット曲「長崎の鐘」や、NHKドラマ「君の名は」の主題歌などの作曲で知られる 古関 裕而(こせき ゆうじ)さんが1989年(平成元年)8月18日、脳梗塞のため死去した。80歳だった。

哀切を帯びた美しいメロディの唱歌から東京オリンピックマーチ、早稲田大学や慶應義塾大学の応援歌、全国高校野球大会テーマ曲「栄冠は君に輝く」、六甲おろし、巨人軍の歌等々、行進曲、マーチ、応援歌も数多く手掛け和製スーザともいわれた。

人物 / 略歴

古関 裕而(こせき ゆうじ、 1909年(明治42年)8月11日 ~ 1989年(平成元年)8月18日)

福島県福島市大町に生まれる。本名は古關 勇治。作曲家。

1969年(昭和44年)、紫綬褒章受章。1979年(昭和54年)、勲三等瑞宝章。

1929年、チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに入選、日本人として初めて国際的コンクールの入選履歴を得た作曲家。

◆ 略 歴

福島県福島市大町にあった呉服店「喜多三(きたさん)」に生まれる。

裕而は幼少の頃から音楽の中で育ち、ほとんど独学で作曲の道を志していく。

1916年(大正5年)、裕而7歳、福島県師範学校附属小学校へ入学。子供の頃から作曲に親しむ事となった。

◆ 青少年期

1922年(大正11年)、裕而13歳、音楽家の多い旧制福島商業学校(現福島商業高等学校)に入学。
在学中に家業の呉服店が倒産する。

学校を卒業する頃、福島ハーモニカーソサエティーに入団。当時、日本でも有数のハーモニカバンドであった。裕而は作曲・編曲・指揮を担当。

卒業後、川俣銀行に勤務。

◆ コロムビア専属へ

1929年(昭和4年)、管弦楽のための舞踊組曲『竹取物語』がイギリスロンドン市のチェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに応募し入賞した。ほとんど知られていないが、これは日本人が国際的作曲コンクールに入った初めであり、当時の新聞でも大々的に報道されている。

この入賞の報道を読んだ声楽家志望の愛知県の内山金子(きんこ)が裕而にファンレターを送り、熱烈な文通を経て1930年、裕而20歳、金子18歳でスピード結婚をしている。たいへんな愛妻家で、晩年までおしどり夫婦であったという。

同年9月、コロムビアの顧問山田耕筰の推薦でコロムビア専属の作曲家に迎え入れられ、夫婦で上京。

クラシック畑からポピュラー畑に転身し、多数の軍歌、歌謡曲のほか
・ 早稲田大学第一応援歌「紺碧の空」
・ 慶應義塾大学応援歌「我ぞ覇者」
・ 東京農業大学応援歌「カレッジソング」
・ 中央大学応援歌「あゝ中央の若き日に」
・ 全国高等学校野球選手権大会の大会歌「栄冠は君に輝く」
・ 阪神タイガースの応援歌大阪(阪神)タイガースの歌「六甲颪」、
・ 読売ジャイアンツの応援歌「巨人軍の歌(闘魂こめて)」
・ 東京五輪のオリンピックマーチ

上記のほか、多くの応援歌、行進曲の作曲を手がけ、和製スーザと呼ばれる。気品ある格式高い曲風で知られ、現在でも数多くの作品が愛されている。

1935年(昭和10年)、裕而26歳、『船頭可愛や』(詩 高橋掬太郎 唄 音丸)が大ヒット。

◆ 戦中~戦後

戦争の色が濃くなると、音楽関係者らも軍歌・戦時歌謡を作らざるを得なくなった。古関も戦時歌謡で数々の名作を残している。

戦後は、暗く不安な日本を音楽によって明るくするための活動に力を注いだ。

長崎だけにとどまらず日本全体に向けた壮大な鎮魂歌『長崎の鐘』。戦災孤児の救済がテーマのラジオドラマ『鐘の鳴る丘』の主題歌『とんがり帽子』。戦後日本の発展の象徴でもある1964年開催の東京オリンピックの開会式に鳴り響いた『オリンピック・マーチ』。現在も毎年夏の甲子園に流れている高校野球大会歌『栄冠は君に輝く』。

その他にも『フランチェスカの鐘』、『君の名は』、『高原列車は行く』などの格調高い曲を多く創作した。クラシックの香り溢れる流行歌や、勇壮で清潔感のあるスポーツ音楽が大衆の心を捉えた。

劇作家の菊田一夫と名コンビを組み、数々のラジオドラマ、テレビドラマ、映画、演劇、ミュージカルのヒット作品を世に送り出した。

1961年に菊田と手がけた森光子主演の放浪記は現在も公演記録を伸ばし続けている。

◆ 死 去

半寿の誕生日を迎えて1週間足らずの1989年(平成元年)8月18日、脳梗塞のため死去した。享年80歳。

特記事項

晩年は、フジテレビ系の音楽番組「オールスター家族対抗歌合戦」の審査員を、1972年10月の開始から、初代司会者の萩本欽一とともに降板した1984年6月24日まで務めていた。

福島県福島市最初の名誉市民で、同地には1988年11月12日、「古関裕而記念館」も建てられている。

◆ 古関裕而 / 主な作品(戦後)

◇ 1947年「夢淡き東京」(作詞:サトウハチロー、歌:藤山一郎)
◇ 1947年「白鳥の歌」(作詞:若山牧水、歌:藤山一郎)
◇ 1947年「雨のオランダ坂」(作詞:菊田一夫、歌:渡辺はま子)
◇ 1947年「三日月娘」(作詞:薮田義雄、歌:藤山一郎)
◇ 1947年「とんがり帽子」(作詞:菊田一夫、歌:川田正子)
◇ 1948年「栄冠は君に輝く」(作詞:加賀大介、歌:伊藤久男)
◇ 1948年「フランチェスカの鐘」(作詞:菊田一夫、歌:二葉あき子)
◇ 1948年「スポーツ県民歌」(作詞:西条八十)
◇ 1949年「長崎の鐘」(作詞:サトウハチロー、歌:藤山一郎)
◇ 1949年「イヨマンテの夜」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)
◇ 1950年「別れのワルツ」(スコットランド民謡「オールド・ラング・サイン」(日本では蛍の光として知られる)の編曲)
◇ 1950年「ドラゴンズの歌」(作詞:小島情、歌:伊藤久男)
◇ 1951年「恋を呼ぶ歌」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)
◇ 1951年「さくらんぼ大将」(作詞:菊田一夫、歌:川田孝子)
◇ 1951年「あこがれの郵便馬車」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)
◇ 1951年「ニコライの鐘」(作詞:門田ゆたか、歌:藤山一郎)
◇ 1952年「黒百合の歌」(作詞:菊田一夫、歌:織井茂子)
◇ 1953年「君の名は」(作詞:菊田一夫、歌:織井茂子)
◇ 1953年「君いとしき人よ」(作詞:菊田一夫、歌:伊藤久男)
◇ 1953年「ひめゆりの塔」(作詞:西條八十、歌:伊藤久男)
◇ 1953年「みどりの馬車」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)
◇ 1954年「高原列車は行く」(作詞:丘灯至夫、歌:岡本敦郎)
◇ 1954年「サロマ湖の歌」(作詞:中山正男、歌:伊藤久男)
◇ 1955年「花売馬車」(作詞:西條八十、歌:美空ひばり)
◇ 1957年「荷物片手に」(作詞:野口雨情、歌:森繁久彌)
◇ 1958年「オリンピック賛歌 」(第1回アテネ大会時の紛失楽譜発見、採譜オーケストラ編曲、至る現用)
◇ 1960年 陸上自衛隊隊歌「この国は」(作詞:大関民雄、補作:西沢爽)
◇ 1960年 陸上自衛隊隊歌「君のその手で」(作詞:西沢爽)
◇ 1960年 陸上自衛隊行進歌「聞け堂々の足音を」(作詞:梅津統秋、補作:サトー・ハチロー)
◇ 1961年「モスラの歌」(作詞:本多猪四郎・田中友幸・関沢新一、歌:ザ・ピーナッツ)
◇ 1963年「あの橋の畔で」(作詞:菊田一夫、歌:島倉千代子)
◇ 1963年「巨人軍の歌(闘魂こめて)」(作詞:椿三平、歌:守屋浩、三鷹淳、若山彰)
◇ 1964年「オリンピック・マーチ」(演奏:陸上自衛隊中央音楽隊)
◇ 1966年「スカーレット・オハラ」(作詞:菊田一夫、歌:那智わたる)
◇ 1968年「早慶讃歌 ?花の早慶戦?」(作詞:藤浦洸)
◇ 1968年 青年海外協力隊隊歌「若い力の歌」(作詞:山田哲、補作:藤田まさと、歌:藤山一郎)
◇ 1968年「若鷲の歌」(作詞:西條八十、歌:西郷輝彦)
◇ 1970年「我ぞ覇者 ?慶應義塾大学応援歌?」(作詞:藤浦洸)
◇ 1970年「アニメンタリー 決断」テーマソング「決断」(作詞:丘灯至夫、歌:幹和之)
◇ 1970年 陸上自衛隊隊歌「栄光の旗の下に」(作詞:赤堀達郎、補作:藤田正人)
◇ 1971年「純白の大地(札幌冬季オリンピックの歌)」(歌:日本合唱協会)
◇ 海上自衛隊隊歌「海をゆく」(作詞:旧版 - 佐久間正門 現行版 - 松瀬節夫)

◆ 古関裕而 / 映画音楽

◇ 1939年「戦ふ兵隊」(亀井文夫監督)
◇ 1944年「桃太郎 海の神兵」(瀬尾光世演出)
◇ 1948年 - 1949年「鐘の鳴る丘」3部作(佐々木啓祐監督)
◇ 1950年「長崎の鐘」(大庭秀雄監督)
◇ 1952年「安宅家の人々」(久松静児監督)
◇ 1953年「ひめゆりの塔」(今井正監督)
◇ 1953年「太平洋の鷲」(本多猪四郎監督・小田基義応援監督・円谷英二特撮監督)
◇ 1953年 - 1954年「君の名は」3部作(大庭秀雄監督)
◇ 1955年「赤いカンナの花咲けば」(小田基義監督)
◇ 1957年「永すぎた春」(田中重雄監督)
◇ 1957年「大学の侍たち」(青柳信雄監督)
◇ 1958年「共犯者」(田中重雄監督)
◇ 1959年「鉄腕投手 稲尾物語」(本多猪四郎監督)
◇ 1961年「社長道中記」(松林宗恵監督)
◇ 1961年「モスラ」(本多猪四郎監督・円谷英二特撮監督)

◆ 古関裕而 / クラシック音楽

◇ 交響曲(第1番から第3番の3曲)
◇ ヴァイオリン・チェロのための協奏曲
◇ 五台のピアノのための協奏曲
◇ 一茶の句による小品童曲
◇ 和歌を主題とせる交響楽短詩
◇ 舞踊組曲「竹取物語」
◇ 舞踊詩「線香花火」
◇ 交響詩「大地の反逆」

◆ 古関裕而 / 著書

◇ 『古関裕而―鐘よ鳴り響け』 ISBN 4820542575 ※ 『鐘よ鳴り響け―古関裕而自伝』(主婦の友社、1980年) の再刊。
◇ (古関正裕との共著) 『風景の調べ―古関裕而スケッチ集』 古関裕而、1988年。

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