追悼の森 =伊藤久男さん死去=

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歌手  伊藤久男 さん死去

1983年(昭和58年)4月25日 死去 享年72歳

伊藤久男写真  

歌手  伊藤久男 さん死去

戦時中に多くの名唱を残し、終戦後も高校野球の大会歌「栄冠は君に輝く」など様々なジャンルでヒットを飛ばした 伊藤 久男(いとう ひさお)さんが1983年(昭和58年)4月25日、肺水腫(はいすいしゅ)のた死去した。72歳だった。

戦時歌謡のレコーディングも多く「露営歌」は大ヒットを記録した。その後、「暁に祈る」「白蘭の歌」「高原の旅愁」と連続してヒットを飛ばし、スター歌手としての地位を確立した。1978年(昭和53年)に紫綬褒章を受章した。

人物 / 略歴

伊藤 久男(いとう ひさお、1910年(明治43年)7月7日 ~ 1983年(昭和58年)4月25日)

福島県本宮市出身。本名は伊藤四三男(本名の四三男は生年の明治43年に由来)。歌手。

◆ 略 歴

生家は福島県安達郡本宮町(現本宮市)の旧家。

父親は立憲政友会所属で県会議員を務めた伊藤彌、兄は自民党所属で衆議院議員を務めた伊藤幟である。

家族親族の反対を押し切り単身上京、音楽を生業とすることに反対していた家族へのカモフラージュのため東京農業大学に入学。

その後、同郷の新進作曲家古関裕而と懇意になり、家族には知らせず農大を退学、帝国音楽学校に進む。

1932年(昭和7年)、古関裕而の勧めにより、1933年(昭和8年)6月25日付で「伊藤久男」名義でリーガル(コロムビアの廉価盤)から「今宵の雨」でデビュー。

コロムビアからのデビューは同年9月の「ニセコスキー小唄」で、宮本一夫の名前で発売。出身地本宮をひっくり返した芸名だった。

その後、コロムビアでは伊藤久男、リーガルで宮本一夫を使用していたが、1935年(昭和10年)「別れ来て」の発売を機に芸名を伊藤久男と改める。

◆ 戦中・戦後

昭和10年代前半から戦時歌謡のレコーディングが多く、伊藤久男としての初めてのヒットは1938年(昭和13年)「湖上の尺八」(2月20日発売)。

その後、「暁に祈る」「白蘭の歌」「高原の旅愁」「お島千太郎旅唄」と連続してヒットを飛ばし、スター歌手としての地位を確立した。

一方、朴訥とした台詞回しながら多くの映画にも起用され、1939年(昭和14年)松竹映画「純情二重奏」に流しの芸術家として、1940年「暁に祈る」には歌う兵隊として、さらに1942年(昭和17年)には大映映画「歌う狸御殿」には村の青年役としてスクリーンにも活躍した。

終戦直後は、戦時歌謡を多く歌った責任感から疎開先に引きこもり酒に溺れ、再起不能とも言われたが、1947年(昭和22年)松竹映画「地獄の顔」(監督:マキノ雅弘)主題歌「夜更けの街」でカムバック。

その後は、「シベリア・エレジー」「イヨマンテの夜」「あざみの歌」「山のけむり」「君いとしき人よ」「数寄屋橋エレジー」「ひめゆりの塔」など様々なジャンルでヒットを飛ばした。

1983年(昭和58年)4月25日、肺水腫(はいすいしゅ)のた死去した。享年72歳。

特記事項

性格はまさに豪放磊落。酒をこよなく愛し、誰からも「チャーさん」の愛称で慕われた。

晩年は酒豪が祟り糖尿病のためインスリンの注射に依存。昭和50年以降には、注射による低血糖発作で震えながらステージを務め、痛々しいものがあった。

1978年(昭和53年)に紫綬褒章受章、1982年(昭和57年)には第24回日本レコード大賞特別賞を受ける。没後、勲四等旭日小綬章受勲。

伊藤久男 / 代表曲

◇ 1937年「露営の歌」(作詞:薮内喜一郎、作曲:古関裕而)共唱:中野忠晴、松平晃、霧島昇、佐々木章
◇ 1938年「湖上の尺八」(作詞:深草三郎、作曲:明本京静) ◇ 1939年「白蘭の歌」(作詞:久米正雄、作曲:竹岡信幸)共唱: 二葉あき子
◇ 1939年「くろがねの力」(作詞:浅井新一、作曲:江口夜詩)共唱:霧島昇、松原操、二葉あき子
◇ 1940年「お島千太郎旅唄」(作詞:西條八十、作曲:奥山貞吉)共唱: 二葉あき子
◇ 1940年「高原の旅愁」(作詞:関沢潤一郎、作曲:八洲秀章)
◇ 1940年「暁に祈る」(作詞:野村俊夫、作曲:古関裕而)
◇ 1940年「熱砂の誓い」(作詞:西條八十、作曲:古賀政男)
◇ 1941年「海の進軍」(作詞:海老名正男、作曲:古関裕而)共唱:藤山一郎、二葉あき子
◇ 1943年「索敵行」(作詞:野村俊夫、作曲:万城目正、編曲:服部逸郎)共唱:霧島昇、楠木繁夫
◇ 1947年「夜更けの街」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1948年「若き日のエレジー」(作詞:野村俊夫、作曲:古関裕而)
◇ 1948年「たそがれの夢」(作詞:西沢義久、作曲:田村しげる)
◇ 1948年「シベリヤ・エレジー」(作詞:野村俊夫、作曲:古賀政男)
◇ 1949年「栄冠は君に輝く(全国高校野球大会歌)」(作詞:加賀大介、作曲:古関裕而)
◇ 1949年「イヨマンテの夜」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1950年「ドラゴンズの歌」(作詞:小島清、作曲:古関裕而)
◇ 1951年「恋を呼ぶ歌」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1951年「あざみの歌」(作詞:横井弘、作曲:八洲秀章)
◇ 1952年「ミナレの哀愁」(作詞:門田ゆたか、作曲:平川英夫)
◇ 1952年「山のけむり」(作詞:大倉芳郎、作曲:八洲秀章)
◇ 1952年「オロチョンの火祭り」(作詞:石本美由起、作曲:上原げんと)
◇ 1953年「ひめゆりの塔」(作詞:西條八十、作曲:古関裕而)
◇ 1953年「岬の灯り」(作詞:野村俊夫、作曲:古関裕而)
◇ 1953年「君、いとしき人よ」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1954年「ブラジルの太鼓」(作詞:石本美由起、作曲:上原げんと)
◇ 1954年「数寄屋橋エレジー」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1954年「チャンドラムの夜」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1954年「花のいのちを」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而、共唱: 奈良光枝)
◇ 1954年「忘れ得ぬ人」(作詞:菊田一夫、作曲:古関裕而)
◇ 1954年「福島音頭」(作詞:野村俊夫、作曲:古関裕而、共唱: 神楽坂はん子)
◇ 1954年「百万石音頭」(作詞:丘十四夫、作曲:古関裕而、共唱: 永田とよこ)
◇ 1954年「サロマ湖の歌」(作詞:中山正男、作曲:古関裕而)
◇ 1955年「サビタの花」(作詞:大倉芳郎、作曲:原六朗)
◇ 1956年「キャラバンの太鼓」(作詞、作曲:米山正夫)
◇ 1956年「メコンの舟唄」(作詞:野村俊夫、作曲:古関裕而)

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