追悼の森 =織井茂子さん死去=

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歌手  織井茂子 さん死去

1996年(平成8年)1月23日 死去 享年70歳

織井茂子写真  

歌手  織井茂子 さん死去

映画「君の名は」の主題歌の歌手として知られた 織井 茂子(おりい しげこ)さんが1996年(平成8年)1月23日、すい臓腫瘍(しゅよう)のため死去した。70歳だった。

1953年(昭和28年)、「君の名は」が岸惠子、佐田啓二主演で松竹により映画化され、主題歌として使われ空前の大ヒットとなり、総計110万枚の売り上げを記録した。その後、「君は遥かな」などもヒットし全国的な人気歌手としてスターダムにのし上がった。

人物 / 略歴

織井 茂子(おりい しげこ、1926年1月10日 ~ 1996年1月23日)

東京都目黒区出身。 本名は伊東茂子(いとうしげこ)。 歌手。

◆ 略 歴

10代の頃は、童謡歌手として、リーガル(コロムビアの廉価盤)の専属として活躍。

東洋音楽学校(現・東京音楽大学)を卒業後、歌謡曲歌手となるべく当時有名であった大村能章歌謡学院の門下となり、大村の紹介により「都能子」の芸名で1947年(昭和22年)にキングレコードからデビュー。

芸名の「能子」は、師である大村能章の「能」をいただいたものである。ヒット曲には恵まれなかったものの、木下惠介監督の松竹映画『女』にレビュー歌手として出演し、劇中で『紅バラルンバ』を歌っている。

1949年(昭和24年)、芸名を本名の旧姓である織井茂子に戻して、コロムビアに移籍し、『安南夜船』で再デビュー。

1952年(昭和27年)、松竹映画『カルメン純情す』(監督:木下惠介)の同名の主題歌で脚光を浴びることとなる。

織井茂子の名を不動のものとしたのは、同年に開始された連続放送劇『君の名は』の主題歌をレコーディングしたことによる。

放送では、当初、声楽家・高柳二葉が起用されていたが、コロムビアからレコードが発売されるにあたり、織井に白羽の矢が立った。

織井自身はレコーディング後に胸部疾患を患ったため、彼女の歌声がラジオ番組の主題歌として放送されることはなかったが、翌1953年(昭和28年)に発売されたレコードは番組の人気に支えられ順調に売り上げを伸ばした。

さらに同年に『君の名は』が岸惠子、佐田啓二主演で松竹により映画化され、主題歌として使われると、この曲は空前の大ヒットとなり、総計110万枚の売り上げを記録した。

続く、映画『君の名は』の第2部主題歌『黒百合の歌』、佐田啓二とのデュエットである第3部主題歌『君は遥かな』もヒットし、織井茂子は全国的なヒット歌手としてスターダムにのし上がった。

昭和30年代は、船村徹作品に新境地を見出し『東京無情』『夜がわらっている』などのヒットを飛ばすが、結婚したこともあり、徐々に一線から引いていった。

平成に入ってからも、「昭和歌謡大全集」や「年忘れにっぽんの歌」などに定期的に出演し、亡くなる直前まで活躍した。

1996年(平成8年)1月23日、すい臓腫瘍(しゅよう)のため死去した。70歳没。

特記事項

1995年(平成7年)12月31日放送のテレビ東京『年忘れにっぽんの歌』が最後の仕事となった。

◆ 織井茂子 / 代表曲

◇ 君の名は(作詞: 菊田一夫、作曲: 古関裕而、1953年)
◇ 黒百合の歌(作詞: 菊田一夫、作曲: 古関裕而、1953年)
◇ 君は遙かな(作詞: 菊田一夫、作曲: 古関裕而、1954年)
◇ 静かな夜のビギン(作詞: 岩谷時子、作曲: 原六朗、1956年)
◇ 夜がわらっている(作詞: 星野哲郎、作曲: 船村徹、1958年)

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