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女優、歌手  丹下キヨ子 さん死去

1998年(平成10年)5月4日 死去 享年78歳

丹下キヨ子写真  丹下キヨ子訃報

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女優、歌手  丹下キヨ子 さん死去

戦後の芸能界で「大あねご」として人気を集めた 丹下 キヨ子(たんげ きよこ)さんが1998年(平成10年)5月4日午前6時、心不全のため千葉県浦安市の自宅で死去した。78歳だった。

日劇ダンシングチーム一期生を経て、NHKの「ジェスチャー」や 映画でのコミカルな演技で人気を集めた。長年の持病であった糖尿病が悪化し失明の危機に悩まされ、合併症により 腎(じん)臓も悪化し人工透析を受ける生活だったという。

人物 / 略歴

丹下 キヨ子(たんげ きよこ、1920年(大正9年)1月2日 ~ 1998年(平成10年)5月4日)

東京市浅草区に生まれる。本名は小山キヨ。 女優。歌手。

◆ 略 歴

日劇ダンシングチーム(NDT)出身。「僕は特急の機関士で」、「ブギウギ列車」等のヒット曲がある。

1952年(昭和27年)、第2回NHK紅白歌合戦の紅組司会者にもなる。

1950年代から70年代にかけて、東宝、新東宝、日活、東映などの映画に数多く出演。

テレビでも活躍し、『日曜娯楽版』、『渥美清の泣いてたまるか』、『23時ショー』、『だから大好き!』(ジロウの母)、『独占!女の60分』 等に出演、同年代の大物女性タレントである清川虹子、水の江瀧子らと同様、歯に衣着せぬ毒舌を展開しコメンテーターとしても活躍、長らく芸能界の一線で活躍を続けた。

また一時期はブラジルで実業家としても活躍していた。

しかし、1970年代後半以降は、長年の持病である糖尿病が悪化、失明の危機に悩まされ、その治療のために入退院を繰り返すようになった。

1983年(昭和58年)にはレギュラー出演していた『独占!女の60分』も降板。同時に事実上芸能活動からも引退し、表舞台から姿を消した。

1998年(平成10年)5月4日、千葉県浦安市の自宅で心不全のため死去。78歳没。

特記事項

長女は1960年代からブラジルで俳優、和太鼓奏者として活動している丹下セツ子。三女は1970年代~80年代に歌手、女優として活躍した小山セリノ。

◆ 丹下キヨ子 / 出演映画

◇ エノケンの底抜け大放送(1950年)
◇ 風流活殺剣(1952年)
◇ 初恋トコシャン息子(1952年)
◇ 新やじきた道中(1952年)
◇ クイズ狂時代(1952年)
◇ 清水次郎長伝(1952年)
◇ エンタツちょび髭漫遊記(1952年)
◇ 都会の横顔(1953年)
◇ 鞍馬天狗と勝海舟(1953年)
◇ 東京マダムと大阪夫人(1953年)
◇ 娘十六ジャズ祭(1954年)
◇ 落語長屋のお化け騒動(1954年)
◇ エノケンの天国と地獄(1954年)
◇ あんみつ姫 甘辛城の巻(1954年)
◇ あんみつ姫 妖術競べの巻(1954年)
◇ 陽気な天国(1955年)
◇ 初恋カナリヤ娘(1955年)
◇ スラバヤ殿下(1955年)
◇ のんき裁判(1955年)
◇ 忘れないよ(1955年)
◇ 歌くらべ三羽烏(1955年)
◇ ニコヨン物語(1956年)
◇ 地下から来た男(1956年)
◇ デンスケの宣伝狂(1956年)
◇ 牛乳屋フランキー(1956年)
◇ お転婆三人姉妹 踊る太陽(1957年)
◇ ジャズ娘誕生(1957年)
◇ 夜の歌謡シリーズ 命かれても(1968年)
◇ 異常性愛記録 ハレンチ(1969年)
◇ 昇り竜鉄火肌(1969年)
◇ 不良番長 送り狼(1969年)
◇ どですかでん(1970年)
◇ 喜劇 セックス攻防戦(1972年)
◇ 潮騒(1975年)

◆ 丹下キヨ子 / 出演テレビ番組

◇ 娘の結婚(1964年、NTV)
◇ 渥美清の泣いてたまるか 第19回「豚とマラソン」(1966年、TBS)
◇ ハレンチ学園(1970年、12ch)
◇ だから大好き! 第6話「コートで恋のキューピット! 」(1972年、NTV) - ジロウの母
◇ ザ・サスペンス「黄色の誘惑」(1983年、TBS)
◇ 徹子の部屋(ANB)

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