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作家  吉川英治 さん死去

1962年( 昭和37年)9月7日 死去 享年70歳

吉川英治写真  吉川英治訃報

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作家  吉川英治 さん死去

大衆小説で幅広い読者をひきつけた作家の 吉川 英治(よしかわ えいじ)さんが1962年( 昭和37年)9月7日、肺がんのため東京都中央区の築地国立がんセンターで死去した。70歳だった。

「剣難女難」や「鳴門秘帖」などで流行作家となり、1935年(昭和10年)から朝日新聞に連載の「宮本武蔵」は広範囲な読者を獲得し大衆小説の代表的な作品となった。1960年(昭和35年)に文化勲章を受章。没後、従三位勲一等に叙せられ瑞宝章を追贈された。

人物 / 略歴

吉川 英治(よしかわ えいじ、1892年(明治25年)8月11日 ~ 1962年(昭和37年)9月7日)

神奈川県久良岐郡中村根岸(現在の横浜市)に生まれる。本名は吉川 英次(よしかわ ひでつぐ)。作家。

1935年(昭和10年)より連載が始まった『宮本武蔵』は広範囲な読者を獲得し、大衆小説の代表的な作品となった。

戦後は『新・平家物語』、『私本太平記』などの大作を執筆。幅広い読者層を獲得し、「国民文学作家」といわれる。

◆ 略 歴

1892年(明治25年)8月11日(戸籍面は13日)、神奈川県久良岐郡中村根岸(現在の横浜市)に、旧小田原藩士・吉川直広、イクの次男として生れた。

山内尋常高等小学校に入学。

10歳のころから雑誌に投稿をするようになり、時事新報社の少年誌に作文が入選した。

小学校を中退。いくつもの職業を転々としつつ、独学した。

◆ 人気作家への道

1910年(明治43年)に上京、象眼職人の下で働く。

1914年(大正3年)、「江の島物語」が『講談倶楽部』誌に3等当選(吉川雉子郎の筆名)するが、生活は向上しなかった。

のちに結婚する赤沢やすを頼って大連へ行き、貧困からの脱出を目指したが変わらず、この間に書いた小説3編が講談社の懸賞小説に入選。

1921年(大正10年)に母が没すると、翌年より東京毎夕新聞社に入り、次第に文才を認められ『親鸞記』などを執筆する。

関東大震災により東京毎夕新聞社が解散すると、作品を講談社に送り様々な筆名で発表し、「剣魔侠菩薩』を『面白倶楽部』誌に連載、作家として一本立ちする。

1925年(大正14年)より創刊された『キング』誌に連載し、初めて吉川英治の筆名を使った「剣難女難」で人気を得た。

キング誌は講談社が社運をかけた雑誌だが、新鋭作家吉川英治はまさに期待の星であり、「坂東侠客陣」「神洲天馬侠」の2長編を発表し、多大な読者を獲得した。

執筆の依頼は増え、毎日新聞からも要請を受け、阿波の蜂須賀重喜の蟄居を背景とした傑作「鳴門秘帖」を完成させた。これを収録した『現代大衆文学全集』もよく売れ、また作品も多く映画化された。

◆ 『宮本武蔵』の誕生

1935年(昭和10年)『親鸞』を発表。

同年の8月23日から「宮本武蔵」の連載を始め、これが新聞小説史上かつてない人気を得、4年後の1939年(昭和14年)7月21日まで続いた。

剣禅一如を目指す求道者宮本武蔵を描いたこの作品は、太平洋戦争下の人心に呼応し、大衆小説の代表作となる。

1937年(昭和12年)、やすと離婚、池戸文子と再婚する。

1939年2月より「新書太閤記」を連載。7月の「宮本武蔵」完結後、8月より「三国志」を連載。

『宮本武蔵』終了後も、朝日新聞からは連載の依頼が続き、「源頼朝」「梅里先生行状記」など歴史に名を残す人物を描いた作品を発表した。

1942年 (昭和17年)、海軍軍令部の勅任待遇の嘱託となり、海軍の戦史編纂に携わっていた。山口多聞、加来止男の戦死を受けて、「提督とその部下」を朝日新聞に執筆し、安田義達の戦死後は「安田陸戦隊司令」を毎日新聞夕刊に連載している。

◆ 敗戦後の活動

1950年(昭和25年)より、敗れた平家と日本を重ねた「新・平家物語」の連載を開始する。連載7年におよぶ大作で、この作品で第1回菊池寛賞を受賞。

また『文藝春秋』からの強い要望で、1955年(昭和30年)より自叙伝「忘れ残りの記」を連載。

1960年(昭和35年)文化勲章受章。しかし通俗作家と見なされ、芸術院には入れられなかった。

「私本太平記」の連載終了間際に肺がんにかかり、翌年夏にがんが転移し悪化。

1962年( 昭和37年)9月7日、肺がんのため東京都中央区の築地国立がんセンターで死去した。享年70歳。

従三位勲一等に叙せられ、瑞宝章を贈られた。

特記事項

疎開先だった東京都青梅市に吉川英治記念館がある。

◆ 吉川英治 / 家族 ・ 親族

◇ 妻 - やす、文子
◇ 長男 - 英明
◇ 二男 - 英穂
◇ 長女 - 曙美
◇ 二女 - 香屋子
◇ 養女 - 園子

◆ 吉川英治 / 映像化作品

◇ 『新・平家物語』(1955年、監督溝口健二、主演市川雷蔵)
◇ 『鳴門秘帖』、『鳴門秘帖 完結篇』(1961年、監督内出好吉、主演鶴田浩二)
◇ 『宮本武蔵』(1961年 - 1965年、全5部作。主演:中村錦之助)

◆ 吉川英治 / テレビドラマ化作品

◇ 『太閤記』(1965年、NHK大河ドラマ)
◇ 『新・平家物語(1972年、NHK大河ドラマ)
◇ 『新書太閤記』(1973年、NETテレビ)
◇ 『宮本武蔵』(1984年、NHK新大型時代劇)
◇ 『太平記』(1991年、NHK大河ドラマ)
◇ 『人形歴史スペクタクル 平家物語』(1993年-1995年、NHK)
◇ 『宮本武蔵』(2001年)
◇ 『武蔵 MUSASHI』(2003年、NHK大河ドラマ)

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