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俳優  吉田義夫 さん死去

1986年(昭和61年)12月22日 死去 享年75歳

吉田義夫写真  

俳優  吉田義夫 さん死去

映画やテレビ放映の草創期から主に悪役として活躍していた 吉田 義夫(よしだ よしお)さんが1986年(昭和61年)12月22日、急性心不全のため京都市内の病院で死去した。75歳だった。

高等学校の美術講師から役者に転向。その風貌から時代劇や刑事ドラマではヤクザの親分など悪役を演じる一方、子供向けの特撮作品ではコミカルな頼もしい善玉としても活躍した。晩年は趣味の油絵三昧の生活を送っていた。

人物 / 略歴

吉田 義夫(よしだ よしお、1911年1月3日 ~ 1986年12月22日)

京都府京都市出身。本名は同じ。

主に1950年代から1980年代にかけて活躍した日本の俳優。

◆ 略 歴

京都市立絵画専門学校(現:京都市立芸術大学)で日本画を学ぶ。 卒業後は、法隆寺金堂壁画模写事業に壁画摸写技官として参加。

高等学校の美術講師に転じた。そうした才能を活かしてか、役者転向後は自分の衣装を自分で考えていたという。

兵役後、1952年から東映京都の作品に出演するようになる。

『笛吹童子』『三日月童子』『百面童子』など東千代之介主演の童子ものに悪代官役などでレギュラー出演し、東映時代劇の悪役として欠かせない存在となった。

1960年代からはフリーとなり、大映、松竹、東宝など各社の作品に登場。

TVドラマにも活動の場を広げ、時代劇や刑事ドラマでヤクザの親分などを演じる一方、子供向けの特撮作品ではコミカルかつ頼もしい善玉としても活躍した。

1970年代は松竹の『男はつらいよ』シリーズに連続出演。冒頭の寅さんの「夢シーン」の常連悪役だった。

晩年は、自宅で趣味の油絵三昧の生活を送っていた。1986年(昭和61年)12月22日、急性心不全のため地元の京都市内の病院で死去した。75歳没。

特記事項

◆ 吉田義夫 / 主な出演映画(1970年以降)

◇ 座頭市あばれ火祭り(1970年、 大映) - 妾市の元締
◇ ガメラ対深海怪獣ジグラ(1971年、大映) - 仁右衛門
◇ ゴジラ対ヘドラ(1971年、東宝) - 伍平
◇ 男はつらいよ 寅次郎恋歌(1971年、松竹) - 坂東鶴八郎
◇ 男はつらいよ 柴又慕情(1972年、松竹) - 夢の中の親分
◇ 男はつらいよ 寅次郎夢枕(1972年、松竹) - 長七郎親分
◇ 男はつらいよ 寅次郎忘れな草(1973年、松竹) - 吾作
◇ 男はつらいよ 私の寅さん(1973年、松竹) - 親分
◇ 仁義なき戦い 頂上作戦(1974年、東映) - 義西会・岡島組長(小池朝雄)の恩師
◇ 男はつらいよ 寅次郎恋やつれ(1974年、松竹) - 老紳士
◇ アフリカの光(1975年、東宝) - 千代松
◇ 男はつらいよ 寅次郎相合い傘(1975年、松竹) - 奴隷商
◇ 金環蝕(1975年、東宝) - 小坂老人
◇ 絶唱(1975年、東宝) - 源助
◇ 男はつらいよ 葛飾立志篇(1975年、松竹) - 旦那
◇ 君よ憤怒の河を渉れ(1976年、松竹) - 古谷
◇ はだしのゲン(1976年、共同映画) - 屋敷の主人
◇ やくざの墓場 くちなしの花(1976年、東映) - 山城剛志
◇ 男はつらいよ 寅次郎純情詩集(1976年、松竹) - 座長
◇ ドカベン(1977年、東映) - じっちゃん
◇ 俺の空(1977年、東宝) - 山崎組長
◇ 男はつらいよ 寅次郎と殿様(1977年、松竹) - 党首
◇ 男はつらいよ 寅次郎頑張れ!(1977年、松竹) - 旅回り一座の座長
◇ 俺は田舎のプレスリー(1978年、松竹) - 座長
◇ 男はつらいよ 噂の寅次郎(1978年、松竹) - おさくの父親(夢の中)
◇ 男はつらいよ 寅次郎かもめ歌(1980年、松竹) - 夢の中の代官
◇ 夢みるように眠りたい(1986年、映像探偵社) - 松之肋

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