追悼の森 =藤山一郎さん死去=

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歌手、声楽家  藤山 一郎 さん死去

1993年(平成5年)8月21日 死去 享年82歳

藤山一郎写真  

歌手、声楽家  藤山一郎 さん死去

デビュー以来、60年以上にわたり 国民的歌手として活躍した 藤山 一郎(ふじやま いちろう)さんが 1993年(平成5年)8月21日、急性心不全のため死去した。82歳だった。

「影を慕いて」や「青い山脈」「長崎の鐘」など 昭和の時代を代表する多くのヒット曲で人々を魅了した。1992年(平成4年)、国民栄誉賞を受賞、存命中の受賞となった。また、紅白歌合戦には1950年(昭和25年)の第1回から1992年(平成4年)の第43回まで、歌手または指揮者として連続出演した。

人物 / 略歴

藤山 一郎(ふじやま いちろう、1911年(明治44年)4月8日 ~ 1993年(平成5年)8月21日)

本名は増永 丈夫(ますなが たけお)。本名ではクラシック音楽の声楽家。 東京府東京市日本橋区蛎殻町(現:東京都中央区日本橋蛎殻町)出身。

日本の歌手、声楽家、作曲家、指揮者。

東京音楽学校(後の東京藝術大学音楽部)卒業(首席)。

東京音楽学校で培った正統な声楽技術・歌唱法・音楽理論とハイバリトンの音声を武器にテナーの国民的歌手・流行歌手として活躍。理論、楽典に忠実に歌ったことから正格歌手と呼ばれ、その格調の高い歌声は「楷書の歌」と評された。

◆ 略 歴

1911年(明治44年)4月8日、現:東京都中央区日本橋蛎殻町に、三男(5人兄弟の末っ子)として生まれた。

1918年(大正7年)春、慶應義塾幼稚舎に入学。

◆ 東京音楽学校時代

卒業後の1929年(昭和4年)4月、東京音楽学校予科声楽部(後の東京藝術大学音楽部)に入学。

藤山は家計を助けようと、レコードの吹き込みの仕事を始めるようになった。これは校外演奏を禁止した学則に違反する行為であったため、「藤山一郎」の変名を用いることにした。

藤山は1931年から1932年にかけておよそ40の曲を吹込んだ。
代表曲は古賀政男が作曲し1931年9月に発売された『酒は涙か溜息か』で、100万枚を超える売り上げを記録した。

1931年に発売された古賀作曲の『丘を越えて』もヒットし、藤山と古賀はスターダムにのし上がった。

そんな中、東京音楽学校宛に「藤山一郎とは御校の増永丈夫である」という内容の投書が届き、今後のレコード吹き込み禁止と停学1か月の処分になった。停学が解除されると藤山はレコードの吹き込みを止め、学業に専念した。

◆ ビクター入社

1933年(昭和8年)3月、藤山は東京音楽学校を首席で卒業した。

卒業直後にビクターに入社し、同社の専属歌手となった。
ビクターは前年の春から藤山に接触し、毎月100円の学費援助を行っていた。

ビクター時代の藤山は『燃える御神火』(売上187,500枚)、『僕の青春』(売上100,500枚)などがヒットしたが音楽学校在校中に吹込んだ古賀メロディーほどの大ヒット曲には恵まれなかった。

◆ コロムビアへ移籍

1939年(昭和14年)藤山は古賀とともにコロムビアへ移籍した。

移籍後、藤山は『上海夜曲』や服部良一との初のコンビによる『懐かしのボレロ』を吹き込みヒットさせた。

◆ 国民的歌手・指揮者として活躍

1954年(昭和29年)、藤山はコロムビアの専属歌手をやめ、NHKの嘱託となった。

1965年(昭和40年)、NHKの許可をとって出演した東京12チャンネル制作の『歌謡百年』がヒットした。『歌謡百年』はベテランの歌手が昔懐かしい歌を歌うというコンセプトの番組で、後に『なつかしの歌声』とタイトルを変え、なつかしの名曲ブームを巻き起こした。

◆ 国民栄誉賞を受賞

1992年(平成4年)5月28日、国民栄誉賞を受賞した。
スポーツ選手を除く国民栄誉賞受賞者の中では最初の存命中の受賞となった。

なお藤山は国民栄誉賞以外にも勲三等瑞宝章(1982年春)、紫綬褒章(1973年)、日本赤十字社特別有功章(1952年)、NHK放送文化賞(1958年)、社会教育功労章(1959年)、日本レコード大賞特別賞(1964年)などを受賞している。

◆ 死 去

1993年(平成5年)8月21日、急性心不全のため死去。死後、その功績から従四位に叙せられた。

特記事項

1992年(平成4年)、スポーツ選手以外では初めて存命中に国民栄誉賞を受賞した。

◆ 藤山一郎 / 著書 自伝

◇ 『私の履歴書』(「私の履歴書 文化人14」 日本経済新聞出版社、1984年収録)
◇ 『歌声よひびけ南の空に』光人社、1986年

◆ 藤山一郎 / 出演CM

◇ めいらくグループのコーヒー・紅茶のホワイトナー「スジャータ」(藤山は曲を合作し、歌を歌った)
◇ パルナス製菓 - 「お誕生日の歌」

◆ 藤山一郎 / 主な作曲作品

◇ 『ラジオ体操の歌』
◇ 『川越市立霞ヶ関小学校校歌』
◇ 『川越市立霞ヶ関西小学校校歌』
◇ 『川越市立霞ヶ関西中学校校歌』
◇ 『朝霞市立朝霞第一小学校校歌』
◇ 『朝霞市立朝霞第六小学校校歌』
◇ 『新座市立新座中学校校歌』
◇ 『志摩市立和具中学校校歌』
◇ 『新座音頭』
◇ 『駿台甲府高等学校校歌』
◇ 『穎明館中学・高等学校校歌』
◇ 『阪急ブレーブス応援歌』
◇ 『西鉄ライオンズの歌』
◇ 『お誕生日の歌』(パルナス製菓CMソング)
◇ 『大日本印刷株式会社社歌』
◇ 『松下電工株式会社社歌』(「パナソニック電工」へ社名変更された際、社歌は他曲に変更された。)
◇ 『めぐろ・みんなの歌』(目黒区歌)
◇ 『鐘紡われら』(クラシエホールディングス|カネボウ社歌、同社営業最終日に社員で斉唱している場面が報道された。)
◇ 『お母さんのお顔』
◇ 『広島県立広高等学校 生徒歌』
◇ 『帯広大谷高等学校の歌』

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