追悼の森 =松尾和子さん死去=

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歌手  松尾和子 さん死去

1992年(平成4年)9月25日 死去 享年57歳

松尾和子写真  

歌手  松尾和子 さん死去

「誰よりも君を愛す」で第2回レコード大賞を受賞し、ムード歌謡の女王と呼ばれた 松尾 和子(まつお かずこ)さんが1992年(平成4年)9月25日、脳圧迫のため死去した。57歳だった。

同日、酒に酔った状態で自宅の階段から転落し頭部を強打。家族には「なんでもない」と無事であることを主張していたが、数時間後に容態が急変しその後、死去した。ヒット曲の一つ「東京ナイトクラブ」は、今なおデュエットの定番として歌い継がれている。

人物 / 略歴

松尾 和子(まつお かずこ、1935年5月17日 ~ 1992年9月25日)

東京都大田区蒲田に生まれ、箱根育ち。 歌手。

◆ 略 歴

東京都大田区蒲田生まれ、箱根育ち。

戦後、進駐軍のキャンプやナイトクラブ等で歌っていた。フランク永井に認められ、吉田正に紹介されビクターに入社する。

1959年、「グッド・ナイト / 東京ナイト・クラブ」でレコードデビュー。「グッド・ナイト」は和田弘とマヒナスターズ、「東京ナイト・クラブ」はフランク永井との共唱。

第2弾として発売した「誰よりも君を愛す」(マヒナとの共唱)が大ヒットした。「誰よりも君を愛す」は第2回レコード大賞を受賞した。

また、「東京ナイト・クラブ」は、その後、長らくデュエットソングの定番として根強い人気を博し、松尾の名は一躍スターダムへとのし上がり、後にムード歌謡の女王と称されるようになった。

1960年にはソロで吹き込んだ「再会」がヒット。その後も「夜がわるい」「お座敷小唄」「再会の朝」「銀座ブルース」とコンスタントにヒットを出した。

1971年ごろ、大学生を中心に熟女ブームのようなものが巻き起こり、五月みどりらと共に人気が再燃。この時期以降タレントしての活動が活発化し、1980年代には、「ライオンのいただきます」、「午後は○○おもいッきりテレビ」のバラエティー・情報番組のコメンテーターとして大活躍し、人気を博していた。

1991年には息子が覚せい剤取締法違反で逮捕され、実刑判決を受ける。

このことから、マスメディアから厳しく批判され、芸能活動の大幅自粛を余儀なくされる。この事に思い悩み、松尾は睡眠薬を多量服用し、自殺未遂を起こすまでに追い込まれていた。

松尾の息子がまだ服役中だった1992年9月25日、自宅の階段から転落して頭部を強打する。

本人は家族に「なんでもない」と無事であることを主張していたが、数時間後に容態が急変、まもなくして死去した。死因は脳圧迫死であった。享年57歳の若さだった。

特記事項

あまりにも突然の事故であり、前述の自殺未遂騒動などから、その死は大きな波紋を呼んだ。

◆ 松尾 和子 / 主な作品

◇ グッド・ナイト(1959年)
◇ 東京ナイト・クラブ(1959年)
◇ 誰よりも君を愛す(1960年)
◇ 再会(1960年)作詞:佐伯孝夫、作曲:吉田正
◇ お座敷小唄(1964年)
◇ 再会の朝(1971年)

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