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版画家、芸術家  池田満寿夫 さん死去

1997年(平成9年)3月8日 死去 享年63歳

池田満寿夫写真  

版画家、芸術家  池田満寿夫 さん死去

芸術の多彩な分野で活躍した芸術家の 池田 満寿夫(いけだ ますお)さんが1997年(平成9年)3月8日、急性心不全のため静岡県熱海市の自宅で死去した。63歳だった。

油絵、版画、小説、映画、陶芸、書など芸術のあらゆる分野で活躍。官能的な作風も多く「エロスの作家」とも評された。32歳で版画家としては最高権威のヴェネツイア・ビエンナーレ展版画部門の国際大賞を受賞。1977年(昭和52年)には「エーゲ海に捧ぐ」で芥川賞を受賞した。

人物 / 略歴

池田 満寿夫(いけだ ますお、1934年2月23日 ~ 1997年3月8日)

旧満州に生まれ、戦後長野県長野市で育つ。

画家、版画家、挿絵画家、彫刻家、陶芸家、作家、映画監督などの従来の芸術の枠にとどまらず多彩に活躍した。

◆ 略 歴

旧満州に生まれ、戦後長野県長野市で育つ。

長野県長野高等学校卒業。 東京芸術大学の受験に3度失敗し大学進学を断念。

19歳で自由美術家協会展に入選。
1957年に東京国際版画ビエンナーレ展に入選。
1960年には同展で文部大臣賞を得て脚光を浴びた。
1961年には、上野・不忍画廊で初の個展を開く。
1965年には、ニューヨーク近代美術館で日本人として初の個展を開き、話題となる。

1966年、32歳のとき、棟方志功に次いで版画家としては最高権威のヴェネツイア・ビエンナーレ展版画部門の国際大賞を受賞。
池田の名を国際的にも第一線の芸術家にした。

後に水彩画や文学方向にも関心が傾く。1977年には『エーゲ海に捧ぐ』で芥川賞を受賞。

この『エーゲ海に捧ぐ』は、絵画・歌・小説・映画とマルチな分野で池田自身の手によって現され、非常に話題となった。

1980年代以降は、テレビにも盛んに出演、人気クイズ番組 日立の「世界・ふしぎ発見!」の準レギュラーなどで一般大衆への知名度もアップし、文化人としても活躍した。

晩年、陶芸制作に没頭したことはあまり知られていない。死の3年前に制作した般若心経シリーズの作品は池田の陶芸作品の中で最高傑作といわれる。

池田の陶芸作品はあえて割れるように制作したのが特徴であり、池田本人は“破壊の美学”と述べている。

1997年(平成9年)3月8日、静岡県熱海市の自宅で愛犬に抱きつかれて昏倒し、心不全にて急逝。享年63歳。

4月から多摩美術大学教授への就任が内定しており、後進の指導にも当たろうとしていた矢先の死だった。

19歳で入籍した女性が離婚に応じなかったため、生涯戸籍上の妻はこの女性のみで、その後に同居した作家富岡多恵子やバイオリニスト佐藤陽子などは内縁の妻だった。

終生連れ添うことになる佐藤とはおしどり夫婦として知られ、池田の講演と佐藤の演奏をセットにした催しなども行っていた。

特記事項

エロスの作家といわれるように、官能的な作風が多い。しかし、多岐にわたる活動、多才がゆえに“池田芸術”は高い知名度のわりに現在でもなかなか正当に評価されていない。

主な所蔵作品は、長野市の池田満寿夫美術館、三重県菰野町のパラミタミュージアム、熱海市の池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家と池田満寿夫記念館でそれぞれ常設展示されている。

◆ 池田満寿夫 / 年 譜

◇ 1934年(昭和9年)2月23日 - 旧満洲国奉天(現・中国遼寧省瀋陽)に生れる。
◇ 1945年(昭和20年)(11歳) - 中国・張家口で終戦を迎え、12月に母の郷里長野市に帰る
◇ 1951年(昭和26年)(17歳) - 第1回全日本学生油絵コンクールで、油彩「橋のある風景」するがアトリエ賞を受賞。
◇ 1952年(昭和27年)(18歳) - 長野北高校(現・長野高校)卒業。東京藝術大学油絵科を受験するが不合格。
◇ 1954年(昭和29年)(20歳) - 東京藝術大学彫刻科を2年連続して受験するが不合格。
◇ 1955年(昭和30年)(21歳) - 11歳年長の下宿の娘と結婚。
◇ 1957年(昭和32年)(23歳) - 第1回東京国際版画ビエンナーレ展公募部門に入選。
◇ 1960年(昭和35年)(26歳) - 詩人・富岡多恵子と同棲する。
◇ 1960年(昭和35年)(26歳) - 第2回東京国際版画ビエンナーレ展招待出品で、文部大臣賞を受賞。
◇ 1961年(昭和36年)(27歳) - 岩波書店の『世界』にカットが採用される。
◇ 1961年(昭和36年)(27歳) - 第2回パリ青年ビエンナーレ展で版画部門優秀賞受賞。
◇ 1962年(昭和37年)(28歳) - 第3回東京国際版画ビエンナーレ展で東京都知事賞受賞。
◇ 1964年(昭和39年)(30歳) - 第4回東京国際版画ビエンナーレ展で国内大賞に当たる国立近代美術館賞を受賞。
◇ 1965年(昭和40年)(31歳) - 第6回リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展入賞。
◇ 1965年(昭和40年)(31歳) - 池田満寿夫の版画展(ニューヨーク近代美術館)開催。
◇ 1966年(昭和41年)(32歳) - 中国系米国人の画家リランと出会いロサンゼルスで同棲を始める。
◇ 1966年(昭和41年)(32歳) - 第1回クラクフ国際版画ビエンナーレ展入賞。
◇ 1966年(昭和41年)(32歳) - 第33回ヴェネツィア・ビエンナーレ展版画部門で国際大賞を受賞。
◇ 1967年(昭和42年)(33歳) - 芸術選奨文部大臣賞を受賞。
◇ 1969年(昭和44年)(35歳) - 第8回リュブリアナ国際版画ビエンナーレ展入賞
◇ 1970年(昭和45年)(36歳) - 第3回クラクフ国際版画ビエンナーレ展入賞。
◇ 1970年(昭和45年)(36歳) - 第17回アメリカ国内版画展(ブルックリン美術館)入賞。
◇ 1972年(昭和47年)(38歳) - 初の本格的な画集『池田満寿夫全版画作品集』(美術出版社)刊行。
◇ 1972年(昭和47年)(38歳) - 米国イースト・ハンプトンにアトリエを構える。
◇ 1977年(昭和52年)(43歳) - 『エーゲ海に捧ぐ』が芥川賞に選ばれる。
◇ 1979年(昭和54年)(45歳) - 初監督作の映画「エーゲ海に捧ぐ」が完成。
◇ 1980年(昭和55年)(46歳) - 池田と佐藤陽子の「新しい門出を祝う会」が催される
◇ 1981年(昭和56年)(47歳) - 「池田満寿夫25年の歩み 自選125点」展開催。
◇ 1981年(昭和56年)(47歳) - 映画2作目「窓からローマが見える」を制作
◇ 1982年(昭和57年)(48歳) - 東京から熱海市海光町へ転居する
◇ 1989年(平成元年) (55歳) - 相模鉄道6000系「アートギャラリー号」のデザインを手掛けた(3月運行開始)。
◇ 1995年(平成7年) (61歳) - 2年かけて制作した般若心経シリーズの作品を発表。
◇ 1997年(平成9年) (63歳) - 最後の陶の作品「土の迷宮」シリーズを焼成する。
◇ 1997年(平成9年) (63歳) - 3月8日、急性心不全により死去。

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