追悼の森 =松原操さん死去=

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歌手 松原 操 さん死去

1984年(昭和59年)6月19日 死去 享年73歳

松原操写真  

歌手 松原 操 さん死去

夫となる霧島昇と歌った 松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」や「悲しき子守唄」などをヒットさせて一世を 風靡した 松原 操 (まつばら みさお)さんが1984年(昭和59年)6月19日、胆石病のため死去した。73歳だった。

「ミス・コロムビア」という覆面歌手として、「浮草の唄」でデビューした。1938年(昭和13年)、デビュー間もない霧島昇と歌った松竹映画「愛染かつら」の主題歌「旅の夜風」「悲しき子守唄」は、ミス・コロムビアとしての最大のヒット曲となった。1939年(昭和14年)暮れ、霧島昇との 人気歌手同士の結婚が成立した。1948年(昭和23年)に完全引退し家庭人として霧島昇をささえた。

人物 / 略歴

松原 操(まつばら みさお、1911年3月28日 ~ 1984年6月19日)

北海道小樽区(現:小樽市)に生まれる。本名は坂本操。歌手。

戦前まではミス・コロムビアという名でも活躍した。

◆ 略 歴

東京音楽学校(現:東京芸術大学)卒業後、1933年(昭和8年)、コロムビアのテストに合格。

松原操を売り出すために「ミス・コロムビア」という覆面歌手として、宣伝の写真にも目隠しをして『浮草の唄』で彼女をデビューさせた。

1933年、人気スター・伏見信子と人気子役の高峰秀子が共演した松竹映画『十九の春』の同名の主題歌が、ポリドールからコロムビアが引き抜いてきた江口夜詩の作曲により、ミス・コロムビアの歌で発売されると大ヒット。

その後は、『並木の雨』『秋の銀座』『月のキャムプ』『あの日あの時』などのヒットを連打し、美貌と美声を兼ね備えた流行歌手として人気を博した。

1936年(昭和11年)、予定されていた新興映画『初恋日記』の主題歌『花嫁行進曲』のレコーディングを控えながら、病気のため、1年間の療養を余儀なくされる。

1937年(昭和12年)には復帰を果たし、一連のネエ小唄ブームの流れを組む『ふんなのないわ』が本人の思惑とは相反して、カムバック後の最初のヒットとなった。同年7月、NHKの特別番組として、当時の女性歌手が総出演の音楽放送『鶯の競演』に出演。

デビュー当時から、『流浪の民』などの声楽曲は、本名の松原操でレコードが発売されていたが、日中戦争勃発後、彼女がレコーディングした戦時歌謡もほとんどが松原操の名前で発売されている。

松原操として歌った『婦人愛国の歌』『兵隊さんよありがとう』などがヒットする一方で、1938年(昭和13年)、デビュー間もない霧島昇と歌った松竹映画『愛染かつら』の主題歌『旅の夜風』と『悲しき子守唄』がミス・コロムビアとしての最大のヒット曲となる。

映画『愛染かつら』自体が爆発的な人気となり、続編、完結編が製作されると、『愛染夜曲』『朝月夕月』『愛染草紙』『荒野の夜風』と一連の主題歌が合わせて発売され、いずれもヒットしている。

『旅の夜風』のヒットで、霧島昇との共演が多くなり、『一杯のコーヒーから』『愛馬進軍歌』『愛染夜曲』が続けてヒット。ステージや巡業の機会が多くなったことから、3歳年下の霧島昇との関係が親密となっていった。

ところが、霧島は当時一躍人気歌手となっていたため、『純情二重奏』で共演した高峰三枝子や、コロムビアの新人歌手・奥山彩子らとの関係がスキャンダルとして取り上げられると、すでに長男を身篭っていた松原操は、正式な結婚を霧島に迫り、1939年(昭和14年)暮れ、作曲家・山田耕筰夫妻の媒酌によって、人気歌手同士の結婚が成立したのである。

1940年(昭和15年)以降も、『目ン無い千鳥』『愛馬花嫁』などのヒットを続けるが、内務省からのカタカナ名前の芸名を禁じる指令の対象となり、ミス・コロムビアとしての活動に終止符を打ち、松原操として活躍を続けた。

1948年(昭和23年)に『三百六十五夜』を夫・霧島昇とのレコーディングを最後に完全引退。家庭の人として、霧島昇をささえ、育児に専念することとなる。

1984年(昭和59年)4月、霧島は69歳で先立たれてしまった。妻の操は「パパ置いていかないで。私も連れてって!」と夫の遺体にすがり付きながら泣き叫んだという。

それから間もなくして妻の操も、まるで亡き夫の後をすぐ追うかのように、同年6月19日に胆石病でこの世を去った。73歳没。

特記事項

霧島、松原夫妻の忘れ形見である長男の坂本紀男と三女の大滝てる子は、現在も父母のヒット曲を歌い継いでいる。

◆ 松原 操 / 代表曲

◇ 『十九の春』(昭和8年)
◇ 『並木の雨』(昭和8年)
◇ 『秋の銀座』(昭和9年)
◇ 『旅の夜風』(昭和13年)共演:霧島昇
◇ 『一杯のコーヒーから』(昭和14年)共演:霧島昇
◇ 『目ン無い千鳥』(昭和15年)共演:霧島昇
◇ 『愛馬花嫁』(昭和15年)
◇ 『三百六十五夜』(昭和23年)共演:霧島昇

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