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作曲家、指揮者 芥川 也寸志 さん死去

1989年(平成元年)1月31日 死去 享年63歳

芥川也寸志写真  

作曲家、指揮者 芥川也寸志 さん死去

快活で力強い作風で知られた作曲家で指揮者の 芥川 也寸志(あくたがわ やすし)さんが 1989年(平成元年)1月31日、肺がんのため東京都中央区の国立がんセンターで死去した。63歳だった。

オーケストラ作品を中心に次々と作品を発表し、戦後の日本音楽界をリードした。映画音楽、放送音楽の分野でも「八甲田山」や「八つ墓村」「赤穂浪士のテーマ」などの作品と共に、童謡「小鳥の歌」や「こおろぎ」などの作曲者としても知られた。また、学校校歌や日産自動車の「世界の恋人」など、団体・企業等のCMソングや社歌なども多数手がけた。

人物 / 略歴

芥川 也寸志(あくたがわ やすし、1925年7月12日 ~ 1989年1月31日)

東京市滝野川区(現:北区)田端に生まれる。作曲家、指揮者。JASRACメンバー。

◆ 略 歴

文豪・芥川龍之介の三男として東京市滝野川区(現:北区)田端に生まれる。母は海軍少佐 塚本善五郎の娘の文。兄は俳優の芥川比呂志。

父は1927年に自殺したが、也寸志は父の遺品であるSPレコードを愛聴し、とりわけストラヴィンスキーに傾倒した。兄弟で毎日『火の鳥』や『ペトルーシュカ』などを聴きながら遊び、早くも幼稚園の頃には『火の鳥』の「子守唄」を口ずさんでいたという。

東京高等師範学校附属小学校(現在の筑波大学附属小学校)を経て、東京高等師範附属中学校(現在の筑波大学附属中学校・高等学校)へ進む。1941年、4年在学時に初めて音楽に志し、橋本國彦の紹介で井口基成に師事してバイエルから猛勉強を開始した。

1943年、東京音楽学校予科作曲部に合格。橋本國彦に近代和声学と管弦楽法、下総皖一と細川碧に対位法を学ぶ。

1944年10月、学徒動員で陸軍戸山学校軍楽隊に入隊しテナーサックスを担当。

1945年8月に戦争が終わって東京音楽学校に戻ったとき、戦後の人事刷新で作曲科講師に迎えられた伊福部昭と出会い、決定的な影響を受けた。

1947年に東京音楽学校本科を首席で卒業。

1948年2月、東京音楽学校で知り合った山田紗織(別名:間所紗織。声楽科卒)と結婚。二女をもうけた後、1957年に離婚。(のちに紗織は画家として活躍する)。

1949年、東京音楽学校研究科卒業。

1950年、『交響管絃楽のための音楽』がNHK放送25周年記念懸賞募集管弦楽曲に特賞入賞。同年3月21日、『交響管絃楽のための音楽』が近衛秀麿指揮の日本交響楽団により初演され、作曲家・芥川也寸志の名は一躍脚光を浴びた。

1976年、当時としては画期的な1940年代の日本人作曲家の作品のみによるコンサートを2晩にわたり行い、その功績を讃えられ翌年には鳥居音楽賞(後のサントリー音楽賞)を受賞。

1957年にはヨーロッパ旅行の帰途、インドに立ち寄ってエローラ石窟院のカイラーサナータ寺院で巨大な岩を刳り貫いて造られた魔術的空間に衝撃を受け、このときの感動から『エローラ交響曲』を作曲。代表作の一つとなった。

1967年12月、芥川を中心にアマチュア合唱団「鯨」創立。

1977年から1984年まで、NHKの音楽番組『音楽の広場』に司会として黒柳徹子とともに出演した。ラジオの分野では1967年より死の前年までTBSラジオ『百万人の音楽』で野際陽子とパーソナリティーをつとめた。ダンディな容貌とソフトだが明晰な話し方でお茶の間の人気も高かった。

1989年、東京都中央区の国立がんセンターに入院中、肺癌のため逝去。

最後の言葉は「ブラームスの一番を聴かせてくれないか…あの曲の最後の音はどうなったかなあ」だった。

特記事項

3回結婚したが、2度目の妻は女優の草笛光子である(1960年に結婚、62年に離婚)。

最初の妻との間に生まれた長女の芥川麻実子はタレントとして活躍した後にメディアコーディネイターに。

3度目の妻は東京芸術大学作曲科出身で石桁真礼生門下の作曲家でエレクトーン奏者(1970年に結婚)。彼女との間に生まれた息子の芥川貴之志は成城大学文芸学部英文学科卒業後、エディター・スタイリストとして活躍している。

◆ 芥川也寸志 / 主な作品(歌劇)

ヒロシマのオルフェ(1960年、原題『暗い鏡』、1967年改訂。台本:大江健三郎)- ザルツブルク・オペラ・コンクール第一位

◆ 芥川也寸志 / 管弦楽(1980年以降)

◇ 音楽と舞踏による映像絵巻「月」(1981年)- イタリア放送協会賞、エミー賞受賞。
◇ 行進曲「風に向かって走ろう」(1982・吹奏楽曲)
◇ アレグロ・オスティナート(1986年) - 合作「交響組曲『東京』」の中の1曲。FM東京開局15周年記念委嘱作品。外山雄三、三枝成章、 井眞木と共に一楽章ずつ作曲した作品。(GXコンチェルト改作)
◇ オルガンとオーケストラのための「響」(1986年) - オスティナータ・シンフォニカの改作
◇ ゴジラの主題によせるバラード(1988年) - 「伊福部昭先生の叙勲を祝う会」にて発表

◆ 芥川也寸志 / 室内楽・器楽(1980年以降)

◇ 遊園地(1984、ピアノ、「49の作曲家によるピアノ小品集」のための)
◇ 赤ずきん(1985、ピアノ、奥村一らとの共作「4つのおはなし」の一曲)
◇ 5本の指の踊り(1985、ピアノ)
◇ ちっちゃなワルツとちっちゃなメヌエット(1986、「49の作曲家によるピアノ小品集」のための)
◇ ノクターン(1987、「49の作曲家によるピアノ小品集」のための)

◆ 芥川也寸志 / 声楽曲・合唱曲(1980年以降)

◇ 21世紀賛歌・人間はまだ若い(1983年、混声合唱・2管Orch、宮沢章二詞)
◇ 雪(1983年、メゾソプラノ独唱・ピアノ、高田敏子詞)
◇ あやめ(1984年、アルト独唱・ピアノ、高田敏子詞)
◇ 若木の枝のねむの花(1985年、メゾソプラノ独唱・ピアノ、高田敏子詞)
◇ コスモスの花(1986年、アルト独唱・ピアノ、高田敏子詞)
◇ 佛立開導日扇聖人奉讃歌「いのち」(1988年、混声合唱・3管Orch、絶筆。鈴木行一補作)

◆ 芥川也寸志 / 童謡

◇ 3つの子供の歌(1957年、浜田広介詞)
◇ 小鳥のうた(1952年、与田準一詞)
◇ ぶらんこ(都築益世・詞)
◇ きゅっきゅっきゅっ(相良和子・詞)
◇ 何故だかしらない(谷川俊太郎詞)

◆ 芥川也寸志 / 社歌・団体歌

◇ 全林野労働組合歌(1955年、詞:鶴野孝典)
◇ 日本航空の歌(1963年、詞:谷川俊太郎)
◇ 日産自動車社歌 - 「世界の恋人」(1964年、詞:野上彰)
◇ JALマーチ(1964年、詞:谷川俊太郎)
◇ 曙ブレーキ工業社歌(1966年、詞:社歌制定委員会)
◇ 三菱電機讃歌(1970年、詞:谷川俊太郎)
◇ 松山市の歌(1979年、詞:大野志津根)
◇ 日本ペイント社歌(1980年、詞:岩谷時子)
◇ 東京ガス讃歌(1984年、詞:谷川俊太郎)

◆ 芥川也寸志 / 校歌

◇ 千葉県立鎌ケ谷西高等学校 校歌
◇ 青森県立弘前南高等学校 校歌
◇ 北海道赤平茂尻高等学校 校歌
◇ 千葉市立稲毛小学校 校歌
◇ 群馬県立高崎高等学校 校歌
◇ 山形県立寒河江高等学校 校歌
◇ 山梨県立甲府昭和高等学校 校歌
◇ 岡山県立矢掛高等学校 校歌
◇ 玉野市立玉野商業高等学校 校歌
◇ 鹿児島市立鹿児島女子高等学校 校歌
◇ 京都府立洛北高等学校 校歌
◇ 京都府立北稜高等学校 校歌
◇ 京都府立菟道高等学校 校歌
◇ 京都教育大学附属京都中学校 校歌
◇ 千葉県立佐倉高等学校『第二応援歌』
◇ 樹徳高等学校 校歌
◇ 慶應義塾中等部 校歌
◇ 東京都文京区立第八中学校 校歌
◇ 常総学院高等学校 校歌
◇ 新潟県柏崎市立鯨波小学校 校歌
◇ 大阪産業大学 校歌
◇ 早稲田大学『早稲田の栄光』 校歌
◇ 東京都立井草高等学校 校歌
◇ 京都府立大学 校歌
◇ 箱根町立仙石原中学校 校歌
◇ 福島県石川町立石川中学校 校歌
◇ 信州大学教育学部附属松本小学校 校歌
◇ 長野県松本市立島内小学校 校歌
◇ 長野県安曇野市立堀金中学校 校歌
◇ 埼玉県川口市立元郷中学校 校歌
◇ 埼玉県さいたま市立本太中学校 校歌
◇ 埼玉県皆野町立皆野小学校 校歌
◇ 千葉県市川市立宮田小学校 校歌
◇ 千葉県市原市立八幡中学校 校歌
◇ 廿日市市立大野東中学校 校歌
◇ 弘前大学教育学部附属小学校 校歌
◇ 静岡県立修善寺工業高等学校 校歌
◇ 大阪社会事業短期大学(1982年廃止) 校歌
◇ 秋田県羽後町立羽後中学校 校歌
◇ 東京都立川市立第七小学校 校歌
◇ 群馬県前橋市立若宮小学校 校歌
◇ 新潟県長岡市立大河津小学校 校歌
◇ 東京都西東京市立谷戸小学校 校歌
◇ 宮城県気仙沼市立津谷中学校 校歌
◇ 千葉県君津市立周南中学校 校歌
◇ 東京都三鷹市立第二中学校 校歌
◇ 高崎商科大学 校歌
◇ 墨田区立両国中学校 校歌
◇ 岐阜県立東濃高等学校 校歌
◇ 大洲市立大洲北中学校 校歌
◇ 大洲市立大洲南中学校 校歌

◆ 芥川也寸志 / 主な著書

◇ 現代人のための音楽(新潮社/1953年) - 共著。
◇ 現代音楽に関する3人の意見(中央公論社/1956年) - 團伊玖磨、黛敏郎との共著。
◇ 私の音楽談義(青木書店/1956年 → 音楽之友社/1959年 → ちくま文庫/1991年)
◇ 音楽の現場(音楽之友社/1962年)
◇ 音楽を愛する人に - 私の名曲案内(筑摩書房/1967年 → 旺文社文庫/1981年 → ちくま文庫/1990年)1991年に点字版が刊行された。
◇ 音楽の基礎(岩波新書/1971年)
◇ 音楽の遊園地(れんが書房/1973年 → 旺文社文庫/1982年)
◇ 歌の絵本(全2巻)(講談社/1977年・1979年) - 編纂。
◇ 人はさまざま歩く道もさまざま――芥川也寸志対話集(芸術現代社/1978年)
◇ 人はさまざま歩く道もさまざま――芥川也寸志対話集 続(芸術現代社/1978年)
◇ 音楽の旅(旺文社文庫/1981年)
◇ ぷれりゅうど(筑摩書房/1990年)

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