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作家 池波正太郎 さん死去

1990年(平成2年)5月3日 死去 享年67歳

池波正太郎写真  

作家 池波正太郎 さん死去

「鬼平犯科帳」など戦後を代表する時代小説家の 池波 正太郎(いけなみ しょうたろう)さんが 1990年(平成2年)5月3日午前3時、急性白血病のため東京都千代田区の三井記念病院で死去した。67歳だった。

「鬼平犯科帳」や「剣客商売」「仕掛人・藤枝梅安」「真田太平記」など、戦国、江戸時代を舞台にした時代小説を次々に発表する傍ら、美食家、映画評論家としても著名であった。1960年(昭和35年)に「オール讀物」6月号に発表した「錯乱」によって第43回直木賞を受賞した。

人物 / 略歴

池波 正太郎(いけなみ しょうたろう、1923年(大正12年)1月25日 ~ 1990年(平成2年)5月3日)

東京市浅草区聖天町(現:東京都台東区浅草7丁目)に生まれる。 時代小説・歴史小説作家。

◆ 略 歴

1923年(大正12年)1月25日、東京市浅草区聖天町(現在の東京都台東区浅草7丁目)に生れる。

父・富治郎は日本橋の錦糸問屋に勤める通い番頭、母・鈴は浅草の錺職今井教三の長女で、正太郎は長男であった。

1929年、根岸小学校に入学する。両親は不和のためこの年に離婚した。

正太郎は母に引き取られて浅草永住町の祖父の家に移り、学校は下谷の西町小学校に転入した。

この時期、母は働きながら今井家の家計を支え、一時正太郎を預けたまま再婚をしたが、不縁となり、実家に戻った。この二度目の結婚によって、正太郎には異父弟が一人できた。

1935年、 西町小学校を卒業後、家庭の事情により奉公に出た。親戚の伝手によって最初株式現物取引店・田崎商店に出るが、半年あまりでペンキ屋に奉公を変わり、さらにそこも退いて株式仲買店松島商店に入った。以後、1942年に国民勤労訓練所に入所するまで、同店で過ごした。

劇作家として

敗戦後の1946年、東京都職員となり下谷区役所に勤務したが、仕事は学生アルバイトとともに各所にDDTを撒布してまわることだった。

役所内に寝泊りして作業に没頭する一方、この年に創設された読売新聞演劇文化賞に向けて、戯曲「雪晴れ」を執筆。同作品は入選第四位となり、新協劇団で上演された。その後も区役所勤務をつづけながら、翌年「南風の吹く窓」で同賞佳作入選を果たした。

1948年には習作を手にはじめて長谷川伸を訪問。翌年より本格的に劇作を師事し、門下の批評会「二十六日会」にも参加した。

1950年、片岡豊子と結婚し、借家して所帯を持ったが、間もなく申しこんでいた住宅抽選に当選し、新国劇で上演された『鈍牛』の上演料などで新居を建てた。

以後、新国劇の座付作者といわれるほどにこの劇団と関係を深めた正太郎は、辰巳柳太郎・島田正吾らに『檻の中』(1952年)、『渡辺華山』(1953年)などを提供する一方で、長谷川のつよい勧めによって小説でも、新鷹会の雑誌「大衆文芸」に『厨房にて』(1954年)などの作品を発表した。

小説家へ

1955年1月、劇作における代表作のひとつ『名寄岩』が上演され、みずから演出をも行った。これによりようやく文筆によって立つ自信を得て都職員を退職。

翌年には『牧野富太郎』、井上靖原作『風林火山』、『黒雲谷』、『賊将』など、新国劇で作品をつぎつぎと上演する一方、「大衆文芸」誌に定期的に小説を寄せつづけた。

『恩田木工』は 1956年下期の直木賞候補となるものの落選。以降劇作と平行して着実に小説の執筆をつづけ、1959年9月には処女作品集『信濃大名記』を光書房から上梓する。

1960年、「オール讀物」6月号に発表した『錯乱』によって直木賞(上期)を受賞した。

◆ 晩 年

1984年には「鬼平」「剣客」のほか『乳房』(「週刊文春」1月5日号~7月26日号)を新連載。秋には五度目のヨーロッパ旅行を行う。

1987年、三大シリーズを「剣客」一本にしぼり、「波」に『原っぱ』を連載した(1月号~88年2月号)。同年1月、西武百貨店池袋本店にて「池波正太郎展」開催。

1988年12月、「大衆文学の真髄である新しいヒーローを創出し、現代の男の生き方を時代小説の中に活写、読者の圧倒的支持を得た」として第36回菊池寛賞受賞。

1989年、正太郎の体調は依然芳しくなかった。3月、急性白血病で三井記念病院に緊急入院、5月3日に同病院にて逝去。67歳であった。

連載中の『仕掛人・藤枝梅安 梅安冬時雨』と『鬼平犯科帳 誘拐』は同年4月号分で未完中絶となった。法名戒名は「華文院釈正業」。浅草西光寺(真宗大谷派)に葬られる。

特記事項

没後、勲三等瑞宝章を受章。

1998年11月、長野県上田市に「池波正太郎真田太平記館」が開館した。

◆ 池波正太郎 / 受賞歴

◇ 1955年 『太鼓』で第2回新鷹会賞奨励賞
◇ 1960年 「錯乱」で第43回直木賞
◇ 1972年 『殺しの四人』で第5回小説現代ゴールデン読者賞
◇ 1973年 『仕掛針』で第7回小説現代ゴールデン読者賞
◇ 1977年 「市松小僧の女」で第6回大谷竹次郎賞、『池波正太郎作品集』で第11回吉川英治文学賞
◇ 1986年 紫綬褒章
◇ 1988年 第36回菊池寛賞

◆ 池波正太郎 / 主な作品(1980年以降)

※ 『剣客商売』シリーズ、新潮社 のち文庫
◇ 剣客商売十番斬り 1980.9
◇ 黒白 剣客商売番外編 1983.2
◇ 波紋 1983.11
◇ 暗殺者 1985.1
◇ 剣客商売二十番斬り 1987.10
◇ ないしよないしよ 剣客商売番外編 1988.9
◇ 浮沈 1989.10
◇ 剣客商売庖丁ごよみ 1991.4
◇ 剣客商売全集 新潮社 1992.5
※ 『仕掛人・藤枝梅安』シリーズ 講談社、のち文庫
◇ 梅安乱れ雲 1983.5
◇ 梅安料理ごよみ 1984.5
◇ 梅安影法師 1987.5
◇ 梅安冬時雨 1990.6
◇ 夜明けの星 毎日新聞社 1980.12 のち文春文庫
◇ 男の系譜 立風書房 1982.8 のち新潮文庫
◇ 雲ながれゆく 文藝春秋 1983.11 のち文庫
◇ 乳房 文藝春秋 1984.11 のち文庫
◇ あほうがらす 1985.3 (新潮文庫)
◇ まんぞくまんぞく 新潮社 1986.4 のち文庫
◇ 秘伝の声 新潮社 1986.10 のち文庫
◇ 秘密 文藝春秋 1987.1 のち文庫
◇ 原っぱ 新潮社 1988.4 のち文庫
◇ あばれ狼 1989.2 (新潮文庫)
◇ 谷中・首ふり坂 1990.2 (新潮文庫)
◇ 熊田十兵衛の仇討ち 双葉社 1996.6 のち文庫

◆ 池波正太郎 / 全集

◇ 池波正太郎自選傑作集 全5巻 1973 (立風書房)
◇ 池波正太郎短編小説全集 全10巻別巻1 1978(立風書房)
◇ 池波正太郎短篇コレクション 全16巻 1991-1992(立風書房)
◇ 池波正太郎作品集 全10巻 1976 (朝日新聞社)
◇ 池波正太郎傑作壮年期短編集 1-2 1990-1991(講談社)
◇ 完本池波正太郎大成 全30巻 1998-2000(講談社)
◇ 池波正太郎未刊行エッセイ集 全5巻 2003(講談社)
◇ おおげさがきらい 講談社文庫 2007(講談社)
◇ わたくしの旅 講談社文庫 2007(講談社)
◇ わが家の夕めし 講談社文庫 2007(講談社)
◇ 新しいもの古いもの 講談社文庫 2007(講談社)
◇ 作家の四季 講談社文庫 2007(講談社)
◇ 池波正太郎短編ベストコレクション 全6巻 2008(リブリオ出版)

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