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江戸小歌 市丸 さん死去

1997年(平成9年)2月17日 死去 享年90歳

市丸写真  

江戸小歌 市丸 さん死去

芸者から転じて人気の歌手として活躍した 江戸小歌 市丸(えどこうた いちまる)さんが1997年(平成9年)2月17日、呼吸不全のため死去した。90歳だった。

単身19歳で上京し浅草で芸者となった。その天賦の美貌と美声を買われ、たちまち人気芸者となり、1931年(昭和6年)、日本ビクターから「花嫁東京」で歌手としてデビューした。その後、「天竜下れば」「ちゃっきり節」「三味線ブギ」などのヒットで小唄調歌謡曲ブームを起こした。

「死ぬまで現役」が口癖で、66年の歌手生活で吹き込んだ曲は、のべ1700曲にのぼる。

1972年(昭和47年)、紫綬褒章を受章。1981年(昭和56年)、勲四等宝冠章を受章。

人物 / 略歴

市丸・江戸小歌市丸(いちまる えどこうた いちまる、1906年7月16日 ~ 1997年2月17日)

長野県松本市に生まれる。本名は後藤 まつゑ(ごとう まつえ)。芸者歌手。江戸小歌中村派17世家元。

◆ 略 歴

16歳のとき、松本市の奥座敷として知られる浅間温泉で半玉(芸者見習い)となる。

客に求められた長唄を知らず悔しい思いをしたことがきっかけとなり、単身19歳で上京。浅草で芸者となり、清元、長唄、小唄それぞれで名取となるまでの精進を重ねた。

その天賦の美貌と美声を買われ、たちまち人気芸者となり、最盛期には一晩に10数件のお座敷を掛け持ちすることもあった。

1931年(昭和6年)、『花嫁東京』で歌手としてデビューした。

同年、静岡鉄道のコマーシャルソングとして作られ、既に新民謡として知られていた『ちゃっきり節』を市丸の歌で発売すると全国的な大ヒットとなり、レコード歌手としての順調なスタートを切った。

翌年の昭和7年(1932年)にも、片岡千恵蔵が主演した映画『旅は青空』の主題歌『青空恋し』を歌い、ヒットした。

昭和8年(1933年)春、同じビクターの小唄勝太郎が『島の娘』『東京音頭』で国民的な人気歌手となると、流行歌の世界に鶯歌手ブームが起こり、コロムビアからは赤坂小梅、豆千代、ポリドールからは新橋喜代三、浅草〆香、ニットーからは美ち奴、日本橋きみ栄ら、続々と芸者出身のレコード歌手がデビューした。

市丸は、こうした後輩に遅れを取らじと、レコード・放送にとどまらず、写真誌や広告、美人画のモデルにも起用され、広くその人気を知られることとなり、歌手業に専念するため芸者を廃業し、柳橋に自宅を建てて浅草を離れた。

その後、『濡れつばめ』『峠三里』『千鳥格子』『流線ぶし』といったヒットを飛ばす一方で、トーキーの登場によって、映画界からも声がかかり、昭和9年(1934年)PCL映画『百万人の合唱』『さくら音頭』、昭和11年(1936年)JO映画『小唄礫』、昭和18年(1943年)東宝映画『伊那の勘太郎』などに特別出演している。

戦後、1949年(昭和24年)、服部の手による『三味線ブギウギ』が発売されると、この曲のために名古屋西川流家元西川鯉三郎に振り付けを依頼、その手踊りを交えてステージで歌い、再度人気歌手としての脚光を浴びることとなる。

1950年(昭和25年)には、古賀政男、二葉あき子、霧島昇らと渡米し、ハワイをはじめとして、アメリカ各地で公演。

昭和30年代に入ると市丸は放送開始間もない民放のテレビ・ラジオにも積極的に出演し、主に小唄や清元といった伝統的な邦楽の分野を現代風にアレンジして取り上げ、小唄ブームを起こすこととなる。

1960年(昭和35年)、歌舞伎の中村勘三郎 (17代目)に許され江戸小歌中村派を復興し、17世家元を襲名、『江戸小歌市丸』を名乗る。

小唄、端唄、長唄、清元、宮薗節から、俗曲、民謡、歌謡曲と市丸のレパートリーは実に幅広く、邦楽番組には欠かせない存在となっていった。

1969年(昭和44年)、文化庁芸術祭賞優秀賞受賞。
1972年(昭和47年)、紫綬褒章を受章。
1980年(昭和55年)、第22回日本レコード大賞特別賞を受賞。
1981年(昭和56年)、勲四等宝冠章を受章。

1996年(平成8年)10月、卒寿の記念と、弟子である中村市之輔の江戸小歌中村派18代家元襲名を兼ねて、弟子たちと開いたパーティーに出演し、弟子らと共に「春吉野」を披露したのが公の場に出た最後になった。

その年の暮れに体調を崩し、翌1997年(平成9年)2月17日に呼吸不全で死去した。享年90。

特記事項

内閣総理大臣で公爵の近衛文麿の愛人でもあった。

長年、市丸の相三味線を務めた静子は実妹である。

「死ぬまで現役」が口癖で、66年の歌手生活で吹き込んだ曲は、のべ1700曲にのぼる。

◆ 市丸 / 代表曲

◇ 『花嫁東京』1931年(昭和6年)
◇ 『ちゃっきり節』1931年(昭和6年)
◇ 『京城小唄』1931年(昭和6年)
◇ 『青空恋し』1932年(昭和7年)
◇ 『伊豆の踊子~燃ゆる黒髪~』1932年(昭和7年)
◇ 『濡れつばめ~お小夜恋慕の唄~』1933年(昭和8年)
◇ 『峠三里』1933年(昭和8年)
◇ 『二つ灯篭』1933年(昭和8年)
◇ 『天龍下れば』1933年(昭和8年)
◇ 『伊那節』1933年(昭和8年)
◇ 『千鳥格子~みだれ髪~』1933年(昭和8年)
◇ 『夕日しぐれて』1934年(昭和9年)
◇ 『いつも朗らか』1934年(昭和9年)共唱 藤山一郎
◇ 『流線ぶし』1935年(昭和10年)
◇ 『鳥追いお市』1936年(昭和11年)
◇ 『凍る夜』1936年(昭和11年)
◇ 『お富』1937年(昭和12年)
◇ 『お七』1937年(昭和12年)
◇ 『軍国ざくら』1937年(昭和12年)共唱 篠崎純
◇ 『忍び傘』1937年(昭和12年
◇ 『神風音頭』1937年(昭和12年)共唱 小唄勝太郎、徳山璉
◇ 『挙国一致ぶし』1937年(昭和12年)
◇ 『祝捷音頭』1937年(昭和12年)共唱 鈴木正夫、小唄勝太郎
◇ 『あなたの便り』1938年(昭和13年)
◇ 『日の丸列車』1938年(昭和13年)
◇ 『坊や抱いて』1938年(昭和13年)
◇ 『兵隊甚句』1939年(昭和14年)共唱 鈴木正夫
◇ 『紅葉舟』1939年(昭和14年)
◇ 『お蝶夫人』1940年(昭和15年)
◇ 『お染』1940年(昭和15年)
◇ 『翼賛親子』1941年(昭和16年)共唱 徳山璉
◇ 『瑞穂踊り』1941年(昭和16年)共唱 小唄勝太郎、鈴木正夫、一色皓一郎、山本麗子
◇ 『天龍二十五里』1943年(昭和18年)
◇ 『増産音頭』1943年(昭和18年)
◇ 『黒龍江ぶし』1943年(昭和18年)
◇ 『黒髪ロマンス』1947年(昭和22年)
◇ 『さくら浮きうき』1948年(昭和23年)
◇ 『瑞穂踊り(再)』1948年(昭和23年)共唱 波岡惣一郎、鈴木正夫、喜久丸
◇ 『三味線ブギウギ』1949年(昭和24年)
◇ 『雪のブルース』1949年(昭和24年)
◇ 『恋の長崎』1949年(昭和24年)
◇ 『ブギウギ音頭』1950年(昭和25年)
◇ 『お江戸ブギ』1950年(昭和25年)
◇ 『十日町ブギ』1951年(昭和26年)
◇ 『東京よさこい』1951年(昭和26年)
◇ 『花よりタンゴ』1951年(昭和26年)
◇ 『春は銀座の柳から』1952年(昭和27年)共唱 灰田勝彦
◇ 『浮かれ三味線』1952年(昭和27年)
◇ 『三味線かっぽれ』1952年(昭和27年)
◇ 『やなぎブギ』1952年(昭和27年)
◇ 『きりぎりす』1952年(昭和27年)
◇ 『佃流し』1952年(昭和27年)
◇ 『戸出音頭』1953年(昭和28年)共唱 西村正美
◇ 『三味線ワルツ』1954年(昭和29年)
◇ 『三味線マンボ』1954年(昭和29年)
◇ 『どどいつブギ』1955年(昭和30年)共唱 野沢一馬
◇ 『三味線ブルース』1956年(昭和31年)
◇ 『渋蛇の目』1959年(昭和34年)
◇ 『獅子頭』1960年(昭和35年)
◇ 『ふるさと音頭』1960年(昭和35年)共唱 三浦洸一、曽根史郎、多摩幸子
◇ 『もみじ』1961年(昭和36年)
◇ 『東京オリンピック音頭』1962年(昭和37年)共唱 神楽坂浮子、橋幸夫、松島アキラ
◇ 『お七吹雪』1963年(昭和38年)
◇ 『仇情八幡祭』1963年(昭和38年)
◇ 『相模原音頭』1963年(昭和38年)共唱 村崎貞二
◇ 『お夏』1963年(昭和38年)
◇ 『幻保名』1964年(昭和39年)
◇ 『おかる』1965年(昭和40年)
◇ 『定九郎』1965年(昭和40年)
◇ 『雪の浜町河岸』1968年(昭和43年)
◇ 『初春三番叟』1969年(昭和44年)
◇ 『舞妓はん』1971年(昭和46年)
◇ 『紫桔梗』1972年(昭和47年)
◇ 『四萬六千日』1972年(昭和47年)
◇ 『浜町河岸』1972年(昭和47年)
◇ 『坊主道成寺』1972年(昭和47年)
◇ 『博多みれん』1972年(昭和47年)
◇ 『隅田川ぞめき』1972年(昭和47年)
◇ 『春風』1980年(昭和55年)
◇ 『おんな隅田川』1980年(昭和55年)
◇ 『銀の雨』1985年(昭和60年)
◇ 『昭和さのさ節』1985年(昭和60年)

◆ 市丸 / 出演映画

◇ 百万人の合唱 1934年(昭和9年)
◇ さくら音頭 1934年(昭和9年)
◇ 小唄礫 1936年(昭和11年)
◇ 隣組のおばさん 1940年(昭和15年)
◇ 安来ばやし 1940年(昭和15年)
◇ 男の花道 1941年(昭和16年)
◇ 伊那の勘太郎 1943年(昭和18年)
◇ 勝利の日まで 1945年(昭和20年)
◇ ヒットパレード 1950年(昭和25年)
◇ 東京ファイル212 1951年(昭和26年)
◇ 月が出た出た 1951年(昭和26年)
◇ 伊豆物語 1951年(昭和26年)
◇ 清水の次郎長伝 1952年(昭和27年)
◇ 珍説忠臣蔵 1953年(昭和28年)
◇ 落語長屋お化け騒動 1954年(昭和29年)
◇ 紫頭巾 1958年(昭和33年)
◇ 東京オリンピック音頭 恋愛特ダネ合戦 1963年(昭和38年)

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