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歌手、女優  江利チエミ さん死去

1982年(昭和57年)2月13日 死去 享年45歳

江利チエミ写真  

歌手、女優  江利チエミ さん死去

ヒット曲「テネシーワルツ」で知られた歌手の 江利 チエミ(えり チエミ)さんが1982年(昭和57年)2月13日午後、東京都港区高輪の自宅マンション寝室のベッド上で、うつ伏せの状態で吐いて倒れているところを発見された。その後、死亡が確認された。45歳だった。

美空ひばり、雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれ 一世を風靡した。また、映画「サザエさん」シリーズもヒット。後にテレビドラマ、舞台化もされ生涯の当たり役となった。風邪と飲酒で体調を崩し 薬を飲んで寝入ってしまい 脳卒中を誘発し、吐瀉物(としゃぶつ)が気管に詰まっての窒息が原因とされている。

人物 / 略歴

江利 チエミ(えり チエミ、1937年1月11日 ~ 1982年2月13日)

東京市下谷区(現:東京都台東区下谷)に生まれる。本名は久保智惠美。歌手、女優、タレント。

◆ 略 歴

東京市下谷区(現・東京都台東区下谷)に3男1女の末娘として生まれる。血液型A型。

父・久保益雄は福岡県田川郡添田町の出身。「音楽センス」の素晴らしい人だったと言われている。チエミの音楽素養のなかの「順応性、適合性」はこの父親の遺伝子によるものと思われる。

母は、SKDが東京に出来る前の宝塚歌劇の前身のようなレビュー一座・東京少女歌劇出身の女優、谷崎歳子。チエミを身ごもるころより身体を壊し、一線から退いた。

◆ メジャーデビューまで

少女歌手、江利チエミのルーツは「生活を支えるため」であり、この点は美空ひばりとの相違である。

チエミは、三亀松師匠とのいわば喧嘩別れで失職した父、病床で寝たり起きたりの母、また3人の兄、これだけのものを背負っていた。

結局、父がマネージャー、長兄が付き人という3人4脚での芸能活動が、1949年(昭和24年)、12歳のころからスタートすることになった。

進駐軍のキャンプまわりの仕事をこなしていくうちに、進駐軍のアイドルとなり、愛称は「エリー」となる。芸名の江利チエミはこの「エリー」から母が名づけた。

特にチエミをかわいがってくれた進駐軍兵士ケネス・ボイドから彼女は運命のレコード「テネシーワルツ」をプレゼントされる。

1952年(昭和27年)1月23日に自分の意志を貫き「テネシーワルツ / 家へおいでよ」でレコードデビューを果たす。そのとき15歳。

なお、母はチエミのデビューを待たず1951年6月に不帰の客となっている。

同年、初主演映画の『猛獣使いの少女』に出演、「美空ひばり以来の天才少女」と呼ばれるようになる。

◆ 幅広いジャンルで活躍

メジャーデビューの翌年、1953年(昭和28年)の春には、招かれてアメリカのキャピトル・レコードで「ゴメンナサイ / プリティ・アイド・ベイビー」を録音、ヒットチャートにランキングされるという日本人初の快挙を達成。ロサンゼルスなどでステージにも立ち絶賛を浴びる。

なお、チエミが渡米している間にライバルとなる雪村いづみがデビュー。

スカートの丈が合わずシミーズが少し出た背の高い痩せぎすな少女・いづみが空港で出迎え、その屈託の無い可憐な姿にチエミの心は和み、やがて二人は終生の親友となった。

美空ひばり・雪村いづみとともに「三人娘」と呼ばれ、一世を風靡。『ジャンケン娘』(1955年)などの一連の映画で共演。

ジャズ娘誕生映画の『サザエさん』シリーズ(1956年から全10作が作られた)もヒット。後にテレビドラマ(1965年 - 1967年)、舞台化もされ生涯の当たり役となる。

東映作品『ちいさこべ』では京都市民映画祭で優秀助演女優賞を獲得、『ふんどし医者』など、自身主演の音楽娯楽映画(『唄祭りロマンス道中』(渥美清・共演)、『ジャズ娘誕生』(石原裕次郎・共演)、『チエミの婦人靴』など)以外にも数多く助演した。

1959年(昭和34年)、ゲスト出演した東映映画での共演が縁で高倉健と結婚、家庭に入るものの、1960年(昭和35年)に本格的に復帰。

高倉とは義姉(異父姉)による横領事件などがあって1971年(昭和46年)にチエミ側から離婚を申し入れることに。チエミは数年かけて数億に及んだ借財と抵当にとられた実家などを取り戻す。

1963年(昭和38年)には日本におけるブロードウェイ・ミュージカル初演の東京宝塚劇場での『マイ・フェア・レディ』に主演しテアトロン賞、毎日演劇賞、ゴールデン・アロー賞(第1回大賞)などを受賞。

その活動の範囲は、歌手・女優に留まらず、NHK『連想ゲーム』の紅組キャプテン、TBS『みんなで歌おう73 - 75』のメインパーソナリティなど司会業でも活躍し、テレビ朝日『象印クイズヒントでピント』では女性軍2代目キャプテンを務めていた。

◆ 突然の死

1982年(昭和57年)2月13日午後、港区高輪の自宅マンション寝室のベッド上で、うつ伏せの状態で吐いて倒れているのをマネージャーに発見されたが、既に呼吸・心音とも反応が無く死亡が確認された。

死因は脳卒中と吐瀉物が気管に詰まっての窒息によるもので、45歳だった。

風邪と飲酒で体調が悪かったところに、ウィスキーの牛乳割りを呷り、さらに暖房をつけたまま薬を飲んで寝入ってしまったのが原因と言われる。

その前日は、一昨日に行われた熊本でのイベントから帰宅したばかりで、亡くなった日の当日も北海道でのステージが組まれていた。

特記事項

あまりの突然の死に、チエミの親友だった「三人娘」の美空ひばりと雪村いづみ、他清川虹子や中村メイコらもショックを隠しきれずに号泣、チエミの葬儀の席でも深い悲しみに暮れていた。

離婚した高倉健は、チエミの葬儀当日、会場の前で車を停め手を合わせていたという。

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