追悼の森 =ミヤコ蝶々さん死去=

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漫才師、女優  ミヤコ蝶々 さん死去

2000年(平成12年)10月12日 死去 享年80歳

ミヤコ蝶々写真  

漫才師、女優  ミヤコ蝶々 さん死去

漫才に芝居に 大阪の「お笑い」の先頭に立って全国的な人気を博した ミヤコ 蝶々(みやこ ちょうちょう)さんが2000年(平成12年)10月12日午後1時7分、慢性腎不全のため大阪市内の病院で死去した。80歳だった。

戦後の1948年(昭和23年)、夫の南都雄二さんと組んで女性上位の漫才で売り出した。その後、「夫婦善哉」の司会役などでも活躍した。1958年(昭和33年)の雄二さんとの離婚後もコンビを続け、2人で松竹新喜劇入りし全国的な人気を博した。

人物 / 略歴

ミヤコ蝶々(ミヤコ ちょうちょう、1920年(大正9年)7月6日 ~ 2000年(平成12年)10月12日)

東京市(現東京都中央区)出身、神戸市育ち。本名は日向 鈴子(ひゅうが すずこ)。女優、漫才師。

長らく上方漫才・喜劇界をリードした、関西を代表するコメディアンである。

◆ 略 歴

「生粋の関西人」のイメージが強いが、生まれは東京市日本橋小伝馬町。

鈴子が0歳、兄が4歳のときに両親が離婚し、1924年(大正13年)に父親と神戸市へ移住した。

父はデパートで家具の販売をしながら神戸・元町で小さな家具屋を営んだ。 父は芸事が好きで新内節を唄ったり寄席芸人を招いては宴を楽しんでいた。

1927年(昭和2年)家具屋をたたみ、父親の思いつきで芝居一座を結成し、娘を座長にさせた。九州の炭坑町の小さな劇場で安来節を唄い、初舞台を踏む。 その後もあらゆる芸(漫才、喜劇、女剣舞、バレエ、三味線など)を身に付ける。

1942年(昭和17年)に吉本興業入りし一座を解散、三遊亭柳枝と結婚した。終戦後は柳枝劇団を旗揚げするが、柳枝の浮気が元で離婚。 1947年に弟子だった鈴夫(本名・吉村朝治、のちの南都雄二)と再婚(事実婚だったという)する。

当時芸能界で蔓延していたヒロポン(覚醒剤の一種)に手を出し、強度の依存症となった1948年(昭和23年)に「蝶々・鈴夫改め上方トンボ」として夫婦漫才コンビ結成して、津市の曙座でコンビで初舞台。その後、治療のため入院するなどして克服。

民間ラジオ放送草創期の人気番組『漫才学校』『夫婦善哉』(いずれもABCラジオ)の司会などで知名度を高めた。

特に1955年(昭和30年)に始まった「夫婦善哉」はラジオからテレビへと20年の長きにわたって続く長寿番組となった。

雄二とは「おしどり夫婦」と思われていたが、内情は雄二の浮気癖で早くから家庭内は不毛であったという。

1958年(昭和33年)の「離婚」後も数年は公にせず「夫婦善哉」の司会など"夫婦コンビ"としての活動を続けたが、「夫婦善哉」の番組内で離婚していたことを告白した。 離婚後はソロの女優としても活動するようになった。

雄二とは公私共に付き合いは続き、1972年(昭和47年)に雄二が糖尿病を悪化させ入院し翌年の1973年(昭和48年)に亡くなるまで一切の面倒を見たのは蝶々だった(雄二が、蝶々と別れた後に結婚した女性と離婚していたことや、ほかに面倒を看る人がいなかったため)。

1974年(昭和49年)に道頓堀の中座で1ヶ月公演を実施、脚本・主演・演出の3役をこなした。 大好評であったことからその後25年間定期公演を続けるという偉業をなし遂げる。

その他、名古屋などでも定期公演を行うなど舞台女優として大きくはばたく。 その一方でタレントとしても『2時のワイドショー』での辛口コメントなどで健在ぶりを発揮していた。

1984年(昭和59年)に紫綬褒章を、1993年(平成5年)に勲四等宝冠章を受章。

昔から腎臓に持病があり、晩年は車椅子で移動しないといけないほど体調も悪化したが、舞台に対する思いは強く積極的に舞台に上がった。その様子は『NHKスペシャル』でも取り上げられ話題となった。

2000年(平成12年)3月にテレビ出演したのが公式の場に出た最後となった。

2000年(平成12年)10月12日午後1時7分、慢性腎不全のため大阪市内の病院で死去した。享年80歳。

特記事項

没後、2008年(平成20年)5月24日、大阪府箕面市の自宅を改装して「ミヤコ蝶々記念館」がオープンした。

◆ ミヤコ蝶々 / 出演CM

◇ チョーヤの梅酒(1970年代)
◇ メモリアルアートの大野屋(1980年代)
◇ 公共広告機構(現:ACジャパン)「蝶々さん、大阪を叱る」(2001年)
◇ 金鳥コックローチS(1980年代)
◇ せんねん灸(1990年代)
◇ NTT DOCOMO

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