追悼の森 =渥美清さん死去=

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俳優  渥美 清 さん死去

1996年(平成8年)8月4日 死去 享年68歳

渥美清写真  

俳優  渥美 清 さん死去

映画「寅さん」シリーズなどで、国民的な人気を集めた俳優の 渥美 清(あつみ きよし)さんが1996年(平成8年)8月4日午後5時10分、転移性肺がんのため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院で死去した。68歳だった。

人懐っこいキャラクターの「フーテンの寅さん」こと「車寅次郎」役が受けて大ヒット。以後、山田洋次監督とのコンビで生み出す作品は正月映画には欠かせない長寿映画となった。没後、「男はつらいよ」シリーズを通じて 人情味豊かな演技で広く国民に喜びと潤いを与えたとして 日本政府から国民栄誉賞が贈られた。

人物 / 略歴

渥美 清(あつみ きよし、1928年3月10日 ~ 1996年8月4日)

本名は田所 康雄(たどころ やすお)。東京府東京市下谷区車坂町(現:東京都台東区上野七丁目)生まれ。

愛称は、寅さん、風天(俳号)。

◆ 略 歴

地方新聞の新聞記者をしていた父 友次郎と、元小学校教諭で内職の封筒貼りをする母 タツとの間に次男として生まれる。兄に健一郎がいる。

1934年11月、上野の板橋尋常小学校に入学。

1936年、一家で板橋区志村清水町に転居。それに伴い、志村第一尋常小学校へ転入。

小学生時代はいわゆる欠食児童であったという。加えて、病弱で小児腎臓炎、小児関節炎、膀胱カタル等の様々な病を患っていた。その為学校は欠席がちで、3年次と4年次では長期病欠であった。

1940年に板橋城山高等小学校に入学。

1942年に巣鴨中学校に入学するが、学徒動員で板橋の軍需工場へ駆り出される。

1945年に同校を卒業するも、3月10日の東京大空襲で自宅が被災し焼け出される。偶然にもこの日は渥美の17歳の誕生日であった。

1946年には新派の軽演劇の幕引きになり、大宮市日活館「阿部定一代記」でのチョイ役で舞台初出演。

中央大学経済学部入学後、船乗りを志して退学したが母親に猛反対されたため断念。知り合いの伝手を頼って旅回りの演劇一座に入り喜劇俳優の道を歩むことになった。

1951年、東京都台東区浅草のストリップ劇場(百万弗劇場)の専属コメディアンとなる。1953年には、フランス座へ移籍。

1954年、肺結核で右肺を摘出しサナトリウムで約2年間の療養生活を送る。

復帰後すぐに今度は胃腸を患い中野の立正佼成会病院に1年近く入院する。再復帰後は酒や煙草、コーヒーさえも一切やらなくなり過剰な程の摂生に努めた。

1956年にテレビデビュー、1958年に『おトラさん大繁盛』で映画にデビュー。

1961年から1966年までNHKで放映された『夢であいましょう』、『若い季節』に出演。コメディアン・渥美清の名を全国区にした。

1963年の野村芳太郎監督の映画『拝啓天皇陛下様』で愛すべき無垢な男を演じ、俳優としての名声を確立する。

1968年、フジテレビにて、テレビドラマ『男はつらいよ』の放送開始。

1969年に松竹で映画を製作。これが予想に反し大ヒットとなり、以降シリーズ化となって製作の始まった山田洋次監督の映画『男はつらいよ』シリーズにおいて、主演の車寅次郎(フーテンの寅)役を27年間48作に渡って演じ続ける事になる。

この映画のシリーズは、国民的映画として日本中の多くの人たちに親しまれた。映画のシリーズでは最多記録の作品としてギネスブックにも載るなどの記録を成し遂げた。

映画『男はつらいよ』シリーズの大成功以降は「渥美清」=「寅さん」の図式が固まってしまう。当初はイメージの固定を避けるために積極的に他作品に出演していたが、どの作品も映画『男はつらいよ』シリーズ程の成功は収める事が出来なかった。

1988年(昭和63年)、紫綬褒章受章。

遺作は亡くなる直前まで出演した48作目「男はつらいよ 寅次郎紅の花」。

晩年は、立っていることもままならず、撮影の合間は寅さんのトランクを椅子代わりにして座っていることが多かった。

体調が悪くなった42作から甥の満男を主役にしたサブストーリーが作られ、年2本作っていたシリーズを1本に減らし、満男の出番を増やして寅次郎の出番を最小限に減らしている。

また体調が悪化してからの作品を見ると46作では坂を上るのがきつく(実際に急な坂ではあるが)、47作では歌声が枯れ、第48作では座ったままほとんど動かなくなるなど痛々しい演技である。

病気については1991年に肝臓癌が見つかり、1994年には肺に転移しているのがわかった。

1996年7月に体調を崩して同月末に手術を受けたものの、癌の転移が広がり手遅れの状態だった

1996年(平成8年)8月4日、転移性肺癌のため東京都文京区の順天堂大学医学部附属順天堂医院にてこの世を去る。68歳没。

特記事項

妻は熱心なカトリック信徒で、彼自身も、亡くなる直前に病床でカトリックの洗礼を受けていた事が明らかになっている。

◆ 渥美清 / 出演CM

◇ ハナマルキ
◇ エーザイ
◇ ブリヂストン 新・回転理論技術「DONUTS(ドーナツ)」 専属キャラクター
◇ ロート製薬 「パンシロン」
◇ サントリー「サントリー生ビール ナマ樽」
◇ 中外製薬「バルサン」
◇ いすゞ自動車 「エルフ」
◇ 日本アイ・ビー・エム 「IBMマルチステーション5550」
◇ 日本テレコム
◇ 朝日新聞
◇ パイオニア「DVDレコーダー」(没後に製作)

◆ 渥美清 / 著書

◇ 『きょうも涙の日が落ちる 渥美清のフーテン人生論』 (展望社、2003年)
◇ 『渥美清わがフーテン人生』「サンデー毎日」編集部編 (毎日新聞社、1996年)
◇ 『赤とんぼ 渥美清句集』 森英介編 (本阿弥書店、2009年)

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